第24話 気と科学 ― 東方医学との衝突
【今回の問い】「効いている気がする」は、効いていることの証明になるか。
科学の敵は、迷信ではない。
「確かめずに信じること」だ。そしてそれは、科学の側でも同じである。
玄斎の指は、俺の手首に触れて、わずか三秒で離れた。
「……肝の気が滞っておるな。それに、心の臓が疲れておる」
俺は黙った。前世なら鼻で笑ったところだ。
――だがこの老人は、俺の不整脈を、三秒で言い当てた。
玄斎は、口を閉ざした。「まだ、話せぬ」とだけ言って。
だが彼は、その代わりのように、こう申し出た。
「小僧。わしの医術を、お主の学び舎で試させよ」
きっかけは、一人の患者だった。
三十代の女性。半年前から続く激しい頭痛と吐き気。俺の診断では、片頭痛。この世界にある鎮痛薬(柳の皮由来のサリチル酸様物質)を処方したが、効果が乏しい。
玄斎は、その患者に細い針を打った。頭ではなく、手と足に。
──三十分後。患者は、驚くべきことに、「痛みが半分になった」と言ったのだ。
嬉しいより先に、悔しさが来た。自分の処方で取れなかった痛みを、目の前の老人は一本の針で軽くした。
だが、その悔しさこそ手放すべきだった。医者の自尊心は、患者の痛みを一段も下げない。効いたなら学ぶ。効かなければ確かめる。それだけでいい。
生徒たちがどよめいた。俺の魔眼にも、確かに変化が見えた。
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【VINDICATE】施術後:疼痛スケール 8/10 → 4/10
自律神経系の指標に変動あり/有害な変化:検出されず
判定:主観症状の改善あり。機序:不明
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「見たか」玄斎が胸を張った。「これが"気"の医術じゃ。お主の解剖図に、この効果は描かれておるか?」
講義室が、ざわめいた。生徒の一人が、思わず口走った。
「で、でも学長は、"呪いなんて存在しない"と……気なんて、非科学的では……」
俺は、しばらく考えた。そして──首を横に振った。
「いや。──俺は、これを"非科学"とは言わない」
生徒たちが、驚いて俺を見た。玄斎も、意外そうに眉を上げる。
「いいか、よく聞け。科学というのは、"知っていることのリスト"じゃない。"確かめる手続き"のことだ」
俺は板に、大きく書いた。
〈機序が分からない ≠ 効かない〉
「俺は、玄斎殿の針が"なぜ"効くのか、説明できない。だが、説明できないことと、効かないことは、全く別だ。前の世界でも、効く仕組みが分からないまま使われた薬は、山ほどある。──重要なのは、効くか効かないかを、公平に確かめることだ」
「ならば」玄斎が身を乗り出した。「わしの医術を、認めるのだな」
「いいえ」俺は即答した。「認めもしないし、否定もしない。──"確かめる"」
「なに?」
「玄斎殿。あなたの針は、今の一人には効いた。だが、たまたま自然に良くなったのかもしれない。あなたに優しくされて安心したからかもしれない。……それを見分ける方法が、前の世界にはあるんです」
俺は、この世界の誰も聞いたことのない言葉を口にした。
「比較試験。──同じ症状の患者を、たくさん集める。そしてくじ引きで二つの組に分ける。片方にはあなたの針を打つ。もう片方には、針を打つふりをするか、効かないと分かっている場所に打つ。誰がどちらか、患者にも、判定する者にも分からないようにする。……そして、結果を数える」
玄斎の顔が、みるみる赤くなった。
「ぶ、無礼な! わしの五十年の技を、くじ引きで測るというのか!」
「ええ」俺は静かに言った。「──なぜなら、それがあなたの技への、最大の敬意だからです」
「……なんだと?」
「玄斎殿。あなたの医術は今、大陸では『迷信』と呼ばれている。俺が『効きます』と言っても、誰も信じない。だが──数字が証明すれば、誰も否定できなくなる。俺が国王の前で、教会の前で、数字だけで戦ってきたように」
俺は、一歩踏み出した。
「本当に効く技なら、試験を恐れる理由がない。恐れるべきは、効かないものを効くと信じ続けて、患者から時間を奪うことだ。──あなたの五十年が本物なら、証明させてください。大陸中に、あなたの技を広めるために」
長い沈黙。
玄斎の握った拳が、震えていた。怒りか、あるいは──別の何かか。
やがて老人は、ぐしゃりと顔を歪め、吐き捨てるように言った。
「…………やってやる。わしの五十年、なめるなよ、小僧」
こうして、この世界で初めての臨床比較試験が、始まった。
――そして俺は、この時まだ気づいていなかった。
玄斎が「まだ話せぬ」と言った、その理由に。
あの老人が本当に恐れていたのは、俺の試験ではなかったのだ。
【今回のカルテ】
補完医療の評価:出自で否定せず、効果と害を公平に確かめる。
【たとえるなら】効くか効かないかを"感想"で決めるのは、目をつぶって的当てをして「当たった気がする」と言うのに近い。目を開けるための道具が、比較試験である。
【次回】第25話「世界初の臨床試験 ― 数字は誰の味方でもない」
結果は、アラタにとっても、玄斎にとっても、予想外だった。




