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聖女様、その回復魔法では患者が死にます ~45歳の外科医が異世界転生したら、チートは『診断』『統計』『経営』でした~  作者: 東雲 諒杏
第三章 東方の毒と、継ぐ者たち(第21〜30話)

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第22話 誰が殺したのか ― 毒物の鑑別


【今回の謎】同じ処方、同じ生徒、同じ手順。なのに、三人だけが死んだ。

 ――違っていたのは、たった一つである。



 事故が起きた夜、真っ先にやるべきことは、犯人を決めることではない。


 時系列を、並べることだ。


 大講義室に、夜通し蝋燭が灯った。


 卓の上には、三人分のカルテと投薬記録と在庫台帳。誰も椅子に座らなかった。座れなかった、と言うべきかもしれない。


 投薬した生徒――入学一年目の少女は、部屋の隅で震えながら立っていた。


 誰も彼女を見ようとしない。それが、いちばん残酷だった。


 その夜、俺は誰も寝かせなかった。


 医学校の大講義室に、全教員と関係する生徒を集めた。中央の卓には、三人分のカルテと、投薬記録と、薬草の在庫台帳。


 エリスが、心配そうに俺を見ていた。「アラタ、まず貴方が休まないと──」


「大丈夫だ」俺は首を振った。「これは、俺が最も得意な仕事だ。──根本原因の究明。感情ではなく、事実を並べる」


 俺は生徒たちを見渡した。トトは、隅で泣きそうな顔をして俯いている。


「まず、はっきりさせておく。──この場は、犯人探しの場ではない」


 そう宣言する声が震えなかったのは、平静だったからではない。怒りの矛先を誰か一人に向ければ、今夜だけは楽になれると知っていたからだ。


 だが、その楽さを選べば、次の当直者は必ず嘘をつく。安全な病院は、間違えない人間ではなく、間違いを言える人間から始まる。


 生徒たちが顔を上げた。


「トトを吊るし上げても、誰も救われない。俺が知りたいのは、たった一つ。なぜ、三人が死んだのか。人を罰するのではなく、仕組みの穴を見つける。それが医療の安全というものだ。……いいか、失敗を隠す組織は、同じ失敗を百回繰り返す。正直に話した者を、俺は絶対に罰しない」


 トトが、震える声で語り始めた。昨夜の投薬。分量。手順。


 俺は「アナリティクス」に、全ての情報を流し込んだ。


────────────────


【アナリティクス】有害事象 根本原因分析


投薬記録:3名とも規定量(乾燥葉ふた匙)で記録あり──記録上の過量投与はなし


調剤担当:トト(第二期生)/手順逸脱:確認されず


使用薬草:在庫棚 第4区画、入荷ロット「東方交易品・第17便」


⚠ 異常検出:当該ロットのみ、他ロットと比べ乾燥重量あたりの効力推定値が約4.5倍

 〈ロット=同じ時に同じ場所から入荷した、ひとまとまりの荷〉

 〈同じ重さでも、この荷だけ薬の濃さが四倍半あった。同じ匙で量れば、四倍半の毒になる〉


結論:投薬者の過誤ではない。薬草そのものの効力が、想定の4倍以上あった


────────────────


 俺は顔を上げた。「トト。お前は間違っていない」


「……え」


「お前は、規定通りに調剤した。だが──薬が、規定通りではなかった」


 俺は在庫棚から、問題のロットの薬草を取り出した。見た目は、いつものジギタリス様の葉。だが、乾燥の質が違う。そして──


「ミカゲ」俺は、隅で見学していた新入生を呼んだ。「東方の毒見役の目で、これを見てくれ。何が違う」


 ミカゲは葉を手に取り、光にかざし、匂いを嗅ぎ──そして、ほんの微かに舌先で触れて、すぐに吐き出した。


「……これは、私の国の"鬼灯草おにびそう"です。大陸のものとは、別の草。似ていますが──遥かに強い。ヤマトでは、これ一枚で大人を殺せると教わります」


 (──取り違えか!)


 俺は台帳を追った。「東方交易品・第17便」。ヤマトからの交易船で、大陸の薬草商が仕入れ、「同じ効能の、より安い代替品」として医学校に納入したもの。


 見た目が似ていて、効力が四倍。そして名前が違う。誰も、それが別種だと確認しなかった。


「……なるほど。人為ミスじゃない。仕組みの穴だ」俺は呟いた。「うちには、"薬草の同一性を確認する仕組み"が無かった。安く仕入れられたと喜んで、そのまま棚に入れた。俺の設計ミスだ」


 その時、講義室の扉が開いた。玄斎が、腕を組んで立っていた。


「……ほう。生徒を庇い、己の罪と申すか」


「事実です」俺は正面から答えた。「学長は俺だ。仕組みを作った者が、仕組みの穴の責任を負う。トトを罰するのは筋違いだ」


 玄斎は、しばらく俺を睨んでいた。そして、ぼそりと言った。


「……ヤマトでは、鬼灯草を扱うのは"薬師"の中でも五人だけよ。名を継ぐ者だけが触れる。知らぬ者に売った商人が、外道じゃ」


「同感です」俺は頷いた。「だが──俺は、商人を罰することより先に、やることがある」


 俺は、生徒たち全員に向き直った。


「明日から、この学校の全ての薬に、新しい仕組みを入れる。──三つの確認だ」


────────────────


【レジャー】医療安全プロトコル 第1版


①入荷検品:全ての薬草は、産地・種名・ロットを記録し、現物照合した者の名を残す


②危険薬の隔離:治療域の狭い薬は赤い棚に隔離し、二人以上での確認を義務化

 〈治療域が狭い=効く量と、命を奪う量が、ほとんど離れていない薬のこと〉


③逸脱報告制度:ヒヤリとした事例は、罰せずに報告させ、全て記録・共有する


理念:「人は必ず間違える。だから、間違えても人が死なない仕組みを作る」


────────────────


「覚えておけ」俺は言った。「優秀な人間は、ミスをしない人間じゃない。ミスが起きる前提で、備える人間だ」


──だが、この事件には、まだ続きがあった。


 三日後。俺は、薬草商の名簿を調べていて、ある一点に目を留めた。


 問題の「東方交易品・第17便」を持ち込んだ商会。同じ商会が、この半年で、大陸各地の診療所に、同じ薬草を大量に納入していたのだ。


 しかも、価格は市価の三分の一。──採算が、合わない。


 (誰かが、赤字を出してまで、危険な薬を大陸中にばら撒いている……?)


 背筋に、冷たいものが走った。


 すべてが終わった明け方、俺はその少女を呼んだ。


「お前は、手順を守ったか」


「……守り、ました」


「なら、お前は殺していない。殺したのは、"同じ名前の薬でも濃さが違う"ことに備えなかった、俺の仕組みだ」


 少女はその場に崩れ落ちて泣いた。


 俺は、彼女が泣き止むまでそこに立っていた。――それが、この夜の俺にできる唯一の治療だった。



【今回のカルテ】


根本原因分析:個人を責めるだけでなく、事故を生んだ仕組みを調べる。


【たとえるなら】根本原因分析は、火事の原因を"火をつけた人"ではなく"燃えやすい配線"に求める作業。人を替えても配線が残れば、また燃える。


【次回】第23話「罰しない仕組み ― 医療安全の思想」

 理事会は処分を求めた。アラタの答えは、「誰も罰しない」だった。


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