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聖女様、その回復魔法では患者が死にます ~45歳の外科医が異世界転生したら、チートは『診断』『統計』『経営』でした~  作者: 東雲 諒杏
第三章 東方の毒と、継ぐ者たち(第21〜30話)

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第21話 東方の毒、そして新たな生徒


【第三章・開幕/ここまで】

 追放された外科医は、辺境に医学校を建て、疫病を二度止め、大陸に医療同盟を作った。順風満帆である。

 ――だからこそ、次に来るのは事故だ。



 仕組みが大きくなると、失敗も大きくなる。


 これは、俺が作った仕組みが、初めて人を殺す話だ。


 入学式の朝、俺は校舎の裏で、一人の受験生を見つけた。


 落ちた子だった。掲示の前で泣くのが嫌で、裏に回ったらしい。


「来年、また来ます」その子は俺に気づくと、慌てて袖で目を拭った。「……先生。落ちた人間には、何も教えてもらえませんか」


 俺はその場にしゃがみ、地面に図を描いた。手の洗い方だ。


 (……そうだ。学校の外にも、教えるべき人間がいる)


 大陸医療同盟の設立から、一年。


 王立フロンティア医学校には、春になると各地から入学希望者が押し寄せるようになった。今年の受験者、四百二十名。合格、四十名。かつて石を投げられた辺境の鍛冶小屋は、今や大陸で最も入学が難しい学び舎になっていた。


 その入学式の朝に、二つの「来訪」があった。


 一つは、東方からの使節団。


 大陸の東の果て、海を隔てた島国──ヤマト。鎖国に近い交易しか行わず、独自の医術を発達させてきた国だ。その医師団が、大陸医療同盟への「視察」に訪れたのである。


 団長は、白髪を後ろで束ねた小柄な老人だった。名を玄斎ゲンサイ。深く皺の刻まれた顔に、獲物を値踏みするような目をしていた。


「──ふん。これが噂の『大陸の医神』の学び舎か」


 彼は挨拶もそこそこに、講義室の壁に貼られた解剖図を一瞥し、鼻で笑った。


「身体を切り開き、臓腑を弄る。野蛮よ。病とは、身体を巡る"気"の乱れ。それを整えるが医の道。切って治すなど、木を枯らして虫を殺すが如し」


 (……来たな。前世で言うところの、東西医学の対立)


 俺が答えるより早く、玄斎の後ろに控えていた少女が、深々と頭を下げた。


「──失礼を、お許しください。師は、口が悪いのです」


 歳は十六、七。漆黒の髪を後ろで結い、東方の衣を纏っている。だが、俺の目を引いたのは、その指先だった。細かい傷と、微かな染み。薬草を、それも猛毒を含む種を、長年素手で扱ってきた指だ。


「ミカゲと申します。ヤマトより、この学び舎への入学を願い出て参りました」


「入学?」俺は驚いた。「使節ではなく?」


「はい。私は……毒見役の家系に生まれました。父も、祖父も、毒を口に含んで主を守り、そして毒に殺されました」


 彼女は顔を上げた。その瞳には、年齢に似合わぬ静かな覚悟があった。


「私は、毒を"味わって見分ける"ことしかできません。ですが、この学び舎では毒がなぜ人を殺すのか、その理を教えると聞きました。……理が分かれば、解毒ができるはずです。どうか、学ばせてください」


 俺は、彼女の指先をもう一度見た。──いい目をしている。この子は、"分かる"ではなく"なぜ"を求めている。医者に一番必要な資質だ。


「合格だ」


「……え?」


「ただし条件がある。あんたが持っている東方の毒の知識、全部この学校に置いていけ。教える代わりに、教えろ。それがうちの流儀だ」


 ミカゲの目が、初めて子供のように丸くなった。


──だが、その入学式の午後。二つ目の「来訪」があった。


 こちらは、最悪の形で。


 医学校附属診療所の病棟から、生徒が転がるように駆け込んできたのだ。


「が、学長! 大変です! 第三病棟の患者が……三人、立て続けに亡くなりました!」


 俺は駆けつけた。三人とも、心臓病で入院していた高齢の患者だった。昨日まで、安定していたはずの。


────────────────


【VINDICATE】死亡患者3名 死後推定


共通所見:極度の徐脈の痕跡 〈徐脈=脈が異常に遅くなること〉

嘔吐/視覚異常の訴え(生前) 〈ものが黄色く見える、と三人とも訴えていた〉

三名とも同一時間帯に急変


最有力:薬物中毒(強心薬の過量)

 〈強心薬=弱った心臓を後押しする薬。効く量と、殺す量が非常に近い〉

※本校で処方していたジギタリス様薬草の中毒像と、完全に一致


────────────────


 血の気が引いた。


 ジギタリス。心臓の力を強める薬草。俺自身が、国王を救うために使い、そして処方量を厳密に定めた薬。──効く量と、殺す量が、恐ろしく近い。前世で「治療域が狭い」と教えられた、最も慎重に扱うべき薬だ。


「……誰が、投薬した」


 生徒たちが、青ざめて顔を見合わせる。やがて、一人の少年が震えながら前に出た。第二期生のトト──かつて俺が救った、喘息の子だ。あの夜、母親の腕の中で肩で息をしていた少年は、見違えるほど背が伸び、優秀な学生になっていた。


「……ぼ、僕です。昨夜の当直は、僕でした」


 診療所の外で、ざわめきが起きていた。門の前に、噂を聞きつけた人々が集まり始めている。


 そして、その群衆の中から、あの東方の老医師──玄斎の、冷たい声が響いた。


「見よ。大陸の医神とやらの、正体だ。切り刻み、毒を盛り、人を殺す。これが"科学"の医術か」


 三人の名前を、俺は知っていた。


 パン屋の主人、六十一歳。産後の若い母親、十九歳。脚を悪くした元・石工、四十四歳。


 三人とも、俺の学校を信じて、遠くからわざわざ来た人たちだった。


 石工の男は、初診の日に照れくさそうに言った。「学長先生の学校なら、間違いねえと思ってな」と。


 俺の作った仕組みが。俺の育てた生徒が。俺の定めた薬が。


──人を、三人殺した。


 頭の中で「有害事象」「投薬事故」「原因究明」という言葉が整然と並んだ。その下から、三人の家族の泣き声が突き上げてくる。


 仕組みを語るのは、責任から逃げるためではない。責任を一人に押しつけず、二度目を防ぐところまで背負うためである。俺はそれを、自分に言い聞かせた。


 (誰が殺したのか)


 (――違う。問いを間違えるな)


 ("何が"殺したのか、だ)




【今回のカルテ】


薬用量のばらつき:天然物は有効成分量が一定とは限らず、標準化が必要になる。


【たとえるなら】天然の薬草は、同じ名前でも一本ごとに"濃さ"が違う果汁のようなもの。原液と薄めたものを、同じ量だけ飲ませてはいけない。


【次回】第22話「誰が殺したのか ― 毒物の鑑別」

 犯人探しをやめた瞬間に、真犯人が見えてくる。


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