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聖女様、その回復魔法では患者が死にます ~45歳の外科医が異世界転生したら、チートは『診断』『統計』『経営』でした~  作者: 東雲 諒杏
第三章 東方の毒と、継ぐ者たち(第21〜30話)

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幕間II 綱を切った女 ― トトの母のこと


【この話について】第6話で、南の井戸の綱を切った村の女の話です。

 息子のトトは、のちに大陸を代表する外科医になります。これは、その母親の話。



 うちの人が死んだのは、三日ぐらいのことだった。


 朝は畑に出ていた。昼に戻ってきて、水を飲んで、それきり。


 米のとぎ汁みたいな下痢が止まらなくて、みるみる痩せて、口の中が乾いて、最後は目が落ち窪んで、別人みたいになって死んだ。


 神官様は、疫病神の祟りだと言った。


 だから私は、香を買った。三日分の食い扶持と引き換えに。


 効かなかった。


 あの異国の男が村に来たのは、その少しあとだ。


 背が高くて、黒い髪で、いつも眠そうな顔をしていた。


 最初は、誰も行かなかった。当たり前だ。よそ者の、それも罪人だと聞いていた。


 うちの息子――トトが、勝手に手伝いに行くようになった。


 九つだった。父親を亡くして、何かしていないと駄目だったんだと思う。


 私は怒鳴った。「あんな怪しい男のところへ行くな」と。


 トトは、初めて私に口答えした。


「母さん。あの人は、父さんがなんで死んだのか、知ってる」


 あの男は、村を歩き回っていた。


 家を数え、井戸を数え、誰がどの水を飲んでいるかを、一軒ずつ聞いて回っていた。


 馬鹿にする者もいた。石を投げた者もいた。私も、投げた側だ。


 そして、あの日が来た。


 男は、村の広場に大きな紙を広げて言った。


 ――南の井戸を、閉めろ、と。


 誰も動かなかった。


 あの井戸は、私が嫁いできた時からある井戸だ。うちの人が毎朝、水を汲んでいた井戸だ。


 あの水で、私は息子を育てた。あの水で、飯を炊いた。


 それを、切れと言う。


 私は前に出た。理由は、自分でもよく分からない。


 ただ、もし本当にあの水がうちの人を殺したのなら――誰かが、その綱を切らなければいけないと思った。


 そして、それは、いちばん恨みのある人間がやるべきだと思った。


「あんたの言うことが嘘なら」


 私は男の顔を見ずに言った。


「あたしを、恨んでいい」


 斧は重かった。


 一度目は、はずれた。二度目も、浅かった。


 三度目で、綱が切れた。


 桶が井戸の底に落ちる音が、村中に響いた。


 ――それきり、村では誰も死ななかった。


 次の日も。その次の日も。


 七日目に、私は診療所の戸口に、卵を二つ置いた。


 何か言おうと思ったけれど、言葉が出てこなかった。


 男は、卵を見て、それから私を見て、こう言っただけだった。


「綱を切ったのは、あんただ。俺じゃない」


 ――今、うちの息子は、都の学校で医者になる勉強をしている。


 手紙が来るたびに、私は近所の字が読める人に読んでもらう。


 この前の手紙には、こう書いてあった。


「母さん。僕は今日、初めて一人で人の腹を縫いました。震えました。でも、母さんがあの日、震えながら斧を三回振ったことを思い出したら、手が止まりませんでした」


 私は、その手紙を仏壇に上げた。


 うちの人にも、読ませてやりたかった。




【今回のカルテ】


対策を"誰が実行するか"は、対策の中身と同じくらい重要である。当事者が動いた時、対策は初めて村のものになる。


【たとえるなら】正しい指示を出すのが医者の仕事なら、その指示を"自分の手で"実行してもらうのが、公衆衛生の仕事である。


【次回】第21話「東方の毒、そして新たな生徒」から、第3部が始まります。

 三人が死にます。アラタの仕組みで、アラタの薬で、アラタの生徒の手によって。


<第2部・完>

 第2部は「一人の医者が、国家の仕組みを動かすまで」の物語でした。ここまでで一区切りです。

 第3部『東方の毒と継ぐ者たち編』では、アラタが作った仕組みそのものが、初めて人を殺します。


# 【第3部】東方の毒と継ぐ者たち編(第21〜30話+幕間III)


第1部・第2部を読んでいなくても、ここから読めます。


前提:主人公は大陸に「医療同盟」を作り上げた外科医。ここまでは、順風満帆でした。


この部で、アラタが作った仕組みが、初めて人を殺します。

罰しない組織づくり、世界初の臨床試験、そして「病を制する者が世界を制する」と嘯く敵との対決。


読みどころ:医療安全/臨床試験/依存症/敵組織との頭脳戦/継承


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