第13話 縄張り、あるいは百人の命 ― 帝立医療院との対決
帝立医療院の大会議室。円卓を囲むのは、帝国の重鎮たち。大司教、医療院長、財務長官、そして末席に俺とエリス。
上座には──第三皇女ヴィオラ。まだ二十歳そこそこの、しかし刃のように鋭い瞳を持つ女性だった。
「剣崎アラタ」皇女が口を開いた。「そなたの見立てを聞こう。ただし──この場には、そなたを『異端』と断ずる者も多い。数字と道理だけで語れ。信じさせてみせよ」
(プレゼンテーション、か。前世で嫌というほどやった。役員会で予算を通すのも、疑い深い投資家を口説くのも、本質は同じだ。──相手の言語で、相手の利益を語れ)
俺は立ち上がり、円卓の中央に、大きな帝都の地図と、一枚の折れ線グラフを広げた。この世界の誰も見たことのない、横軸に「時間」、縦軸に「発症者数」を取った図表を。
「まず現状を、数字で共有します。眠り病、これまでの死者112名、現在昏睡中214名。──帝都の人口の、実に五十人に一人が、既にこの病に触れている」
ざわめきが起きる。誰も、全体像を数えていなかったのだ。
「次に、これを見てください」俺はグラフの一点を指した。「発症は夏の終わりに立ち上がり、山を作り、初霜で落ちる。教会は神罰と言う。だが神罰に、これほど綺麗な季節の波があるでしょうか。この波形は、たった一つのことを示しています。──媒介する生き物の、活動期と一致している」
医療院長が、震える声で反論した。「憶測だ! 虫が病を運ぶなど、どこに証拠が!」
「証拠は、これから作ります。──提案です。院長、あなたのお膝元で、実験をさせてほしい」
「実験、だと?」
「南部の湿地沿いの十戸と、北部の乾いた高台の十戸。両方に、簡単な予防をします。窓に薄布を張り、日没後は肌を出さず、寝床に蚊帳を吊る。それだけだ。もし俺が間違っていれば、無駄骨。だが正しければ──予防した家からは、新規の眠り病が出なくなる。二週間で、答えが出る」
俺は、財務長官の方へ向き直った。
「長官。この予防にかかる費用は、蚊帳と薄布だけ。金貨十枚もかからない。対して、このまま何もせず、仮に発症が続けば、失われる労働力と税収は──冬までに金貨千枚を下らない」
長官の目の色が、変わった。
そして俺は、最後に大司教を見た。ここで敵に回してはいけない。前世で学んだ──最も抵抗する者にこそ、花を持たせろ。
「大司教殿。教会には、誰にもできない役割がある。──民に、蚊帳を吊るよう説いてほしい。『神は、備える者を守り給う』と。神の名において予防を広めれば、それは信仰の勝利だ。医者が命令するより、遥かに多くの家が従うでしょう」
沈黙。
やがて、皇女ヴィオラが、静かに手を叩いた。
「……見事だ。医者でありながら、財を語り、信仰を敵に回さず、味方に変える。剣崎アラタ、そなたはただの医師ではないな」
「ええ」俺は微笑んだ。「前の世界では、医療の"仕組み"を作る仕事もしていました。病を治すのは、腕だけでは足りない。金と、人と、人の心を動かす道理が要る。──それを扱うのも、また医療です」
二週間後。
北部の対照群からは3名の新規発症。南部の予防群からは──ゼロ。
数字が、全てを黙らせた。
【用語ノート】
◆対照群……効果を確かめるために、比較の基準として「何もしない(あるいは従来通りにする)」集団のこと。
◆流行曲線……時間を横軸、患者数を縦軸に取ったグラフ。感染症の広がり方や原因の推測に使う。
◆費用対効果……かけた費用に対して、どれだけの成果が得られるかという考え方。
※本文を読むうえで必須ではありません。気になった語だけご確認ください。




