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聖女様、その回復魔法では患者が死にます ~45歳の外科医が異世界転生したら、チートは『診断』『統計』『経営』でした~  作者: 東雲 諒杏
第二章 西方の眠り病(第11〜20話)

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第11話 西方より来たる眠り病


【第二章・開幕/ここまでのあらすじ】

 外科医・剣崎アラタは異世界へ転生し、王女を救い、追放され、辺境で疫病を止め、王を蘇らせた。

 褒賞として得たのは金でも爵位でもなく、医学校である。第一期生、二十七名。




 異変の報せは、角笛では届かない。


 いつも、人の口と、足で届く。


 朝、講義室の窓を開けると、二十七人分の声が一斉に止まる。


 元・祈祷師のヨナ。薬草売りの娘、ミラ。片脚を引きずる傷病兵のガル。そして、貴族の三男坊のくせに誰より早く来て床を掃いているクロード。


 彼らは俺を「先生」と呼ぶ。


 前世で二十年働いても、これほど真っ直ぐな呼ばれ方をされたことはなかった。


 王立フロンティア医学校が開校して、三月が過ぎた。


 第一期生は二十七名。元・祈祷師、薬草売りの娘、傷病兵、そして好奇心で紛れ込んだ辺境伯の三男坊。俺は毎朝、彼らに「手を洗え」から叩き込み、午後は臨床、夜はエリスと共に回復魔法と医学の統合カリキュラムを組む。眠る時間はほとんどないが──前世と違い、これは俺が「選んだ」不眠だ。悪くない。


 そう言って徹夜を正当化するたび、エリスは無言で俺の机から蝋燭を一本ずつ没収した。医学校で最も厳しい規則は手洗いで、二番目は「学長も患者である」だった。


 生徒たちは笑ったが、俺には笑い切れなかった。前の人生で守れなかった規則だからだ。


 その日、講義室に飛び込んできたのは、王家の伝令ではなかった。


 帝国の紋章を纏った、隻眼の女騎士だった。


「フロンティア医学校学長、剣崎アラタ殿とお見受けする。──アルデバラン帝国、第三皇女ヴィオラ様の名代、女騎士カサンドラと申す。折り入って、助力を請いたい」


 帝国。グランツ王国の西に広がる、大陸最大の軍事国家。その使者が、雪を蹴立てて辺境まで来た。


「帝国には帝国の医療院があるでしょう。なぜ、追放者上がりの学校に?」


 カサンドラは、隻眼を伏せた。


「──帝都で、奇病が広がっている。健康な者が、ある朝突然、深い眠りに落ちる。揺すっても、叩いても、目覚めない。水も食事も摂れず、そのまま……三日から十日で、痩せ衰えて死ぬ。すでに三百人以上が眠り、百人が死んだ。帝国医療院は匙を投げ、教会は『神罰』と呼んでいる」


 俺の魔眼が、無意識に情報を求めて疼く。だが、患者がここにいなければ意味がない。


「症状の詳細を。眠りに落ちる前に、前駆症状は?」


「……高熱を出す者が多いと。あとは、頭痛。首の後ろが痛むと訴える者も」


「発症者に地域の偏りは? 井戸や食事の共通点は?」


「そこまでは……我々は騎士であって、医者ではない」


 (データが、圧倒的に足りない。──だが)


 俺はエリスと目を見交わした。彼女は既に、旅支度を始める顔をしていた。


「一つ確認したい。カサンドラ殿。あんたは正直に言った。『帝国医療院は匙を投げた』と。それは、あんたが──帝国のメンツより、民の命を優先する人間だという意味だ。違うか?」


 隻眼の女騎士は、初めて微かに口元を緩めた。


「……ヴィオラ様が、そう仰った。『剣崎という男は、権威に頭を下げぬが、道理には必ず頷く。ならば正直に、頭を下げよ』と」


 俺は立ち上がった。講義室の生徒たちを振り返る。


 出立の前夜、俺は在庫台帳を検めていて、見慣れない薬草の束に手を止めた。


 産地、記載なし。納入価、市価の三分の一。


 (……また、これか)


 俺は台帳の余白に、二度目の一行を書き足した。


「臨床実習だ。──ただし、これまでで最大規模の。相手は、名前も分からん死神一体。武器は、この学校で学んだこと全部」


 そして「帳簿」を開き、遠征チームの編成を組み始めた。


────────────────


【レジャー】帝都調査遠征隊 編成


隊長:アラタ(診断・統括)/副長:エリス(回復・術後管理)


疫学班:第一期生3名(記録・地図作成)/衛生班:2名/連絡:カサンドラ隊


目的:①感染源特定 ②感染経路遮断 ③対症療法の確立


最大の障壁:帝国医療院・教会との縄張り争い(政治リスク:高)


────────────────


「行くぞ。──前世で言うところの、アウトブレイク調査だ」


 ――結果から言えば、この遠征で俺は、眠り続けた二百十四人のうち百四十八人を救うことになる。


 そして、救えない者も出す。


 その一人ひとりの名前を、俺はまだ知らない。


 出立の朝、生徒たちは荷を担ぎながら、妙に静かだった。


 やがてミラが、小さな声で聞いた。


「先生。……私たち、役に立ちますか」


「今日は立たない」俺は答えた。「だが十日後には、お前たちにしか数えられない数字が出てくる。その数字で、この国の百人が生きるか死ぬかが決まる」


 誰も返事をしなかった。


 ただ、足音が速くなった。




【今回のカルテ】


アウトブレイク調査:集団発生の原因と感染経路を系統的に調べる。


【たとえるなら】アウトブレイク調査は、犯人の顔を知らないまま行う聞き込み捜査。全員に同じ質問をして、答えの"ずれ"から犯人像を組み立てる。


【次回】第12話「帝都の沈黙 ― 眠る者たちの街」

 市場は閉まり、通りには石灰。三百人が眠る街で、アラタは「神罰」と正面から衝突する。


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