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聖女様、その回復魔法では患者が死にます ~45歳の外科医が異世界転生したら、チートは『診断』『統計』『経営』でした~  作者: 東雲 諒杏
第二章 西方の眠り病(第11〜20話)

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幕間I 聖女エリスの手記 ― 十二回、祈った夜


【幕間について】各部の終わりに、主人公以外の視点で語られる一話を置いています。

 本編を読んでいなくても単独で読めます。そして読むと、本編がもう一度おいしくなります。



 私は、十二回、祈った。


 王女ソフィア様の寝室で、香が三度焚き替えられる間、私は膝をついたまま祈り続けた。


 一回目の祈りで、熱が下がった。皆が歓声を上げた。


 二回目で、また上がった。


 三回目で、少しだけ下がった。四回目では、何も起きなかった。


 五回目からは、誰も歓声を上げなくなった。


 六回目で、宮廷医が部屋を出ていった。


 七回目で、王妃様が私を見る目が変わった。


 八回目。九回目。十回目。


 十一回目の祈りの途中で、私は自分が何をしているのか分からなくなった。


 私は治しているのか。それとも、治しているふりをしているだけなのか。


 十二回目の祈りを終えた時、王女様は、もう私を見なかった。


 そこへ、あの男が入ってきた。


 黒い髪の、疲れた顔をした異国の男。四十半ばだろうか。目の下に隈があり、爪は短く切り揃えられていた。


 彼は部屋に入るなり、鼻に皺を寄せた。


 ――香の匂いを、嫌がったのだ。


 私たちが十日かけて焚き続けた、聖なる香を。


 そして彼は、私の祈りの手を見て、こう言った。


「聖女様。その回復魔法は、今すぐ止めてください」


 私は、耳を疑った。


「──患者が、死にます」


 その瞬間、私の中で何かが割れた。


 怒りだったと思う。あるいは、恥だったのかもしれない。


 十二回。私は、十二回祈ったのだ。喉が焼けるまで。指の感覚がなくなるまで。それを、この男は「止めろ」と言う。


 私は叫んだ。何を叫んだかは、よく覚えていない。


 彼は、叫ばなかった。


 ただ、静かに、私が知らない言葉を並べた。膿。袋。四センチ。排出。


 言葉の意味は、半分も分からなかった。


 でも一つだけ、はっきり分かったことがある。


 ――この人は、私を否定していない。


 私の光を、否定していないのだ。


 彼が否定したのは、「使う順番」だった。


 処置は、三分で終わった。


 三分。


 私の十二回の祈りが、三分に負けたのではない。


 私の十二回の祈りは、その三分がなければ、永遠に届かなかったのだ。


 その夜、王女様は五日ぶりに眠った。


 私は、廊下で膝をついた。誰も見ていない場所で。


 教義には、こう書かれている。「光は、信ずる者を癒す」と。


 では、信じても癒えなかったあの子たちは。


 私が救えなかった、あの何十人もの子たちは。


 ――信仰が、足りなかったのか。


 ずっと、そう思っていた。自分を責めてきた。


 違った。


 足りなかったのは信仰ではない。知識だった。


 翌朝、あの男は捕らえられた。


 王族の身体を刃物で穢した大罪人として。


 私は、何もしなかった。


 教会の筆頭聖女として、何一つ、言えなかった。


 ――だから、これは私の記録である。


 いつか彼に会えたら、私はまず、こう言わなければならない。


「手の清め方を、教えてください」


 そして、その次に、こう言うのだ。


「あの夜、あなたを庇わなかったことを、謝らせてください」と。




【今回のカルテ】


聖女の光は無力ではない。使う順番が間違っていただけである。


【たとえるなら】祈りは"乾燥機"、外科は"配管工"。詰まりを取らずに乾かせば、汚れごと固まってしまう。


【次回】第11話「西方より来たる眠り病」から、第2部が始まります。

 国境の向こうで、三百人が眠ったまま目を覚まさない。


<第1部・完>

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 第1部は「一人の外科医が、信用ゼロの辺境で居場所を作るまで」の物語です。ここで読み終えても、一つの話として完結しています。

 もし続きが気になったら、第2部『帝都の眠り病編』へどうぞ。舞台は辺境から、大陸最大の都市へ移ります。


# 【第2部】帝都の眠り病編(第11〜20話+幕間II)


第1部を読んでいなくても、ここから読めます。


前提:主人公は異世界転生した外科医。魔法は使えず、武器は『診断』『統計』『経営』のみ。

辺境に医学校を建てたところから、この部は始まります。


舞台は大陸最大の都市アルデバラン。三百人が眠ったまま目を覚まさない「眠り病」に、

開校三ヶ月の医学校が挑む、疫学調査と政治交渉の十話。


読みどころ:アウトブレイク調査/円卓のプレゼン/集中治療/主人公自身の病の発覚


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