表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女様、その回復魔法では患者が死にます ~45歳の外科医が異世界転生したら、チートは『診断』『統計』『経営』でした~  作者: 東雲 諒杏
第一章 辺境の開業医(第1〜10話)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/45

第10話 王の目覚め、外科医の開戦宣言


【第一章・最終話】辺境の開業医が、国家に要求を突きつける回である。

 ――ここまで読んでくださった方へ。物語が動くのは、ここからだ。



 交渉の鉄則は、相手が最も感謝している瞬間に、最大の要求をしないことだ。


 最大の要求は、その次に置く。


 人が目を覚ます瞬間というのは、劇的ではない。


 芝居のように、かっと目を見開いたりはしない。まぶたが、ほんの少し動くだけだ。


 俺は二十年、その「ほんの少し」を待つ仕事をしてきた。


 三日三晩、俺とエリスは交代で王の傍らに立ち続けた。


 補水。体位管理。エリスのヒールを「炎症を抑える最小量」だけ、肺に絞って当てる。痙攣の兆候を魔眼で先読みし、先手を打つ。乱れた心房細動には、この世界の薬草から「解析」が探し当てたジギタリス様の葉を、中毒域を避けた極小量で。


──データと、経験と、光の魔法。三つの武器の総力戦。


 四日目の朝。


「………ん…………」


 国王の左手が、微かに動いた。濁っていた瞳に、光が戻る。


「……ここ、は……わしは……」


「陛下!!」


 病室が歓声で沸いた。王女ソフィアが泣きながら父王に縋りつく。神官長は、その場に膝から崩れ落ちた。


 一週間後。まだ右足を引きずりながらも、王は椅子に座り、自分の言葉で話せるまでに回復した。そして俺は、玉座の間に呼ばれた。


──かつて、俺が追放を言い渡された、その場所に。


「剣崎アラタよ」王の声は、まだ少し掠れていた。「そなたを追放した愚かな国が、そなたに救われた。……望みを申せ。爵位か。宮廷筆頭医の座か。金か」


 居並ぶ貴族たちが息を呑む。俺は一礼し、はっきりと言った。


「いずれも、要りません」


 貴族たちの間に、理解できないものを見る沈黙が落ちた。褒美を拒むのは清廉だからではない。爵位も金も、一代で終わる。俺が欲しいのは、俺が死んだ後にも患者を救い続ける資産だった。


「……なに?」


「代わりに、三つ。──第一に、辺境フロンティアに『医学校』の設立許可を。俺一人の腕では、俺が診られる患者しか救えない。だが百人の医者を育てれば、百倍の命が救えます」


「第二に、王国全土の出生・死亡・疾病の記録を、様式を統一して取ること。数えられないものは、改善できません。数字こそが、次の疫病から国を守る城壁になる」


「第三に──」


 俺は、傍らに立つエリスと視線を交わした。彼女が、力強く頷く。


「回復魔法と医学の併用教育を、教会と共同で。魔法は敵ではない。正しい知識と組み合わされた時、それはこの世界最強の医療になる。……聖女エリス殿が、その初代教官を引き受けてくださるそうです」


 玉座の間が、静まり返った。


 やがて王は、深く、深く息を吐き──笑った。


「……爵位も金も要らず、求めるのは学校と、帳簿と、教育か。まったく、欲のない男よ」


「とんでもない」


 俺は顔を上げ、ニヤリと笑ってみせた。


「これ以上ない程、欲深い望みです。俺が欲しいのは目の前の一人の命じゃない──この世界から『手遅れ』と『防げた死』を、仕組みごと消し去ることだ。前の世界で、俺がやり残したことを」


 王は玉座から身を乗り出し、宣言した。


「面白い。──許可する! 辺境伯領に王立フロンティア医学校の設立を! 剣崎アラタ、そなたを初代学長に任ずる!」


──こうして、俺の異世界での「第二のキャリア」は、本当の意味で幕を開けた。


 メスと、データと、経営戦略。そして隣には、光の魔法を操る最高の相棒。


 (待ってろよ、異世界。──医療革命の、開業だ)


 だが俺はまだ知らない。


 この国の外──西の帝国で、原因不明の「眠り病」が音もなく広がり始めていることを。


 そしてその報せが、設立されたばかりの医学校に、最初の「国家級の依頼」として舞い込むことを──。


 ――のちに大陸の医学史は、この日を「フロンティア元年」と記すことになる。


 医神と呼ばれた男が、たった一人で世界に宣戦布告した日として。


 だが本人は、そんな大層な気分ではなかった。


 ただ、明日の外来の準備をしていただけだ。


【第1部・完】 第11話「西方より来たる眠り病」へ続く




【今回のカルテ】


集中治療:病名だけでなく、呼吸・循環・栄養を継続して支える医療。


【たとえるなら】集中治療とは、病気を倒す戦いではない。患者が自力で治りきるまで、船が沈まないよう水を掻き出し続ける仕事である。


【次回】第11話「西方より来たる眠り病」

 国境の向こうで、三百人が眠ったまま目を覚まさない。名も原因も分からぬ病に、開校三ヶ月の医学校が挑む。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ