8発目 寺来薙心と第二の京魔くん?
ズバババババババババッ。
「あ、あ〜ッ! どうしよう! どうしよう!」
京魔くんが、闇の扉に連れていかれる。
環さんが彼の片腕にしがみついて、必死に引き戻している。なのに京魔くんの身体は、扉の奥へ、奥へと引っ張られていく。
「どないしよう! どないしよう!」
Yシャツの第二ボタンが。ベルトのバックルが。整えられた銀髪の一房が。
そして、頬に浮かんだ表情の端っこまでも。
ぺろーんと。
大聖堂を飾る宝飾品のような気品まで、薄皮みたいに剥がされていく。
京魔くんが言ってた。
『お作法をやぶった』 具体的になにさ!?
『第四の壁』 単純に知らない!
『僕が許される世界』 彼を許さない世界ってなにさ!?
──私、わからないよ。いかないでよ。
「……なんで! いいじゃん! ここにいたって!」
──なんとかしなくちゃ。
バットは一旦、巾着袋にしまい、手を空にした。
気合い入れるぞと、雨に濡れた頬を両手でパンと叩いた。弾けた水飛沫を置き去りにして闇の扉へ駆けた。
闇の扉を"チェック"するために。
彼を連れてく元凶の扉を手がかりを探せ。
京魔くんを連れて帰るんだ。
──まずは目視検査。扉面、裏面、隅々と。もしかしたら非常停止ボタンがあるかもしれない。
触感検査もした。扉のあちこちを指先で押したりなぞったりして、隠されたギミックがあれば。
続きまして、耳をぐいっと押し当てて聴覚検査、ダメ元で味覚検査。ぺろ!──手がかりはゼロだった! もう!
どうすればいいんだ? なにをすればいいんだ? 頭が追いつかない。手が足りない。知恵がない。なにがあればいいんだよ!
パニックな私を横目に京魔くんはサラリと言った。
「……心配はいらない。代わりの"桂木京魔"が補充される。そんな気がする」
「……補充?」
「そうだろ? ……闇の扉?」
なに無機物に話しかけてるの? 京魔くん頭大丈夫? 私と心療内科いこうか? あとカフェとカラオケも。
──ゴゥン。
扉の奥からアナウンサーのようなはっきりとした声が響いた。
「はい! "第二の"桂木京魔は内定済みです! ご安心くださ〜い! 扉の奥へお進み下さ〜い!」
「だってさ?」
「だってさ? じゃないよ!」
「第二の京魔くん? その辺のおっさん捕まえて京魔くんのコスプレでもさせるんか! ふざけんな!」
『俺、京魔だよ!元おっさん! ブイ!』
──おうぇっ!厭離穢土!厭離穢土!
「もう帰るよ!」
私は京魔くんのYシャツの両袖の端を引っ張った。本気で行くぞ?
──本当は本気をだしたくない。はしたない顔になるから。
私は顔を真っ赤にして、唇をぎゅむっと結んだ。
ボウリングのストライクマークみたいな、×の口になる。
「ん゛〜〜〜〜〜っ!」
両足を地面にめり込ませる勢いで踏ん張り、上半身だけ後ろへ倒す。
数字の「7」みたいな姿勢で。
連れて帰る気だけは、満点だった。
「寺来さん……」
「な、なに!?」
「口がボウリングのストライクマークの×みたいになってるよ? 顔が真っ赤だ」
あんたのためにやってんだよ! 笑うな!
あ、いや、笑っていないか。
冷静になれない。
だって彼を1ミリも、こちら側に引っ張れない。
「薙心。……がんばって……」
環さんの身体が"薄い"。気張ったせいか声もどこか薄い。
ずりずりと、闇の扉の引力に負けるように、京魔くんが引っ張られている。
「あっ! 環さん! 今日も可愛いよ?明日も明後日も!!」
ぱっ、とほんの少し光った環さん。不味い。環さんは限界かもしれない。
「寺来さん。もういいよ」
京魔くんは目を逸らした。扉の奥へ──。
「寺来さん。環さんと帰るんだ。遅刻しちゃうよ」
──人の気を遣ってる場合ではないだろ。
「そんなこといわないでよぉ!!」
声を荒げてしまった。
空に響いた。雨雲を貫く、いつか吠えた声みたいに。
なのに彼の心には、1ミリも響かない。
そんな声であった。
けれど、彼は答えた。
しょうがないなと諦念に染まった唇を震わせながら。
冥土の土産とでも言わんばかりに。
「寺来さん。……僕はこの世界が嫌いだ」
彼は公園のど真ん中にいる。
闇の扉に引っ張られながら、
Yシャツのボタンが残り一つになりがなら、
ベルトはいつの間にか失くなりながら、
呆れたように声を漏らしながら、
「なんなら、君達、全員嫌いだ」
彼は、傘を放り投げた。




