7発目 寺来薙心と闇の扉は開かれた
『僕は! 君に! そう願う!』
私の心にリフレイン。彼の知らなかった熱に侵されてしまった、私のやわらかな心。
私は想う。
──京魔くんは私のことが"好き"なのでは?
「薙心。薙心」
京魔くん素敵! 格好よかった! huu〜!
『涙なんか流すな! ぶっとばせばいい!』
だってさ!
そんなこといわれたの初めて!
嬉し!
「薙心。薙心」
京魔くん、私のこと好きなんでしょ? ん?
私に一生懸命じゃん? 本気すぎるだろ?
どうしよう? 勢いで告白されちゃったりして? ついでに手を繋いじゃったりして!
ティースジュエリーいっちゃいますか?
うひひ!
「薙心。薙心」
「だからさ〜! 地の文で京魔くん脈あり考察で気持ちよくなってる最中に声かけるなよ〜! 背後に浮くなよ〜! 空気読んで!」
「……そんなこといわないで」
すぅ〜と少し彼女は"透けた"。
気を悪くすると消えて無くなりそうになる。
半透明に浮いてる背後霊の環さん。
「──って環さん!? いつからいたの? びっくりしたぁ〜! 今日も可愛いね?」
ぱっ!と少し彼女は光った。
気を良くすると、誰にでも見えそうになる。
墓地暮らしの霊、環さん。私になんの用だ?
「朝ごはんの時間よ? 帰りましょう?」
──いっけねぇ〜。今日も学校だったわ。
巫女が京魔くんと手を繋いだインパクトが、あまりにでかかったもんで、つい忘れてた。
さっさと帰るか。京魔くんと、いま別れるのは名残惜しいけど。
「あら!? 薙心!薙心!」
どうしたの?環さん。
青白い手で私の両頬をバシ!バシ!いつもより強く叩いて。痛!痛!
「あれを見て?」
環さんの視線の先を見た。
公園のど真ん中。京魔くんの背後。
そこには、バカでかい"黒い扉"があった。
うちの寺の総門と同じくらい。
デコトラ二台通れるサイズ感。
────ッ!?
京魔くんが、吸い込まれてる!
「京魔くん!?」
雨は、まっすぐ降っていた。
ブランコも。うんていも。滑り台も。
なにも動いていない。
なのに。
京魔くんの銀髪が、背後へ引きずられていた。制服の裾が、ネクタイが、シャツが、見えない誰かに掴まれたみたいに黒い扉へ連れていかれる。
まるで京魔くん"だけ"をターゲットにしたかのように。
ズバババババババババババッ!
彼の手にある傘だけは、ぴくりとも動いていなかった。
雨の中。京魔くんは、ただ立っていた。
逃げようとしない彼、
傘を差したまま。一歩も動かず。
"なにも"見ていない目をして。
「京魔くん! なにしてるの!? こっち! こっち来て!」
ズバババババババババババッ!
黒い扉が、少しずつ開いていく。ゆっくりと。
だけど、絶対に止まらない速度で。
京魔くんの靴底が、地面を削った。
一センチ。
また、一センチ。
彼だけが、黒い扉へ近づいていく。
「京魔くん! 帰ろー! 帰ろうよ! 学校あるよ!? 朝ごはんあるよ!? あと私を傘に入れて!」
私は叫んだ。
でも、京魔くんは振り向かない。
彼の目は、まだ、どこにもなかった。
ドスン────ッ。
その瞬間。
公園が揺れた。
ブランコが鳴った。滑り台の水たまりが跳ねた。うんていの影が、雨の地面でぐにゃりと曲がった。
黒い扉の向こうから、なにかが、京魔くんを呼んでいた。
「闇の扉は開かれた……」
◇
公園のど真ん中、そびえ立つ扉。
様子がおかしい。
声が聞こえてきた扉、それから吸い込まれそうな京魔くん。
まず"声"がおかしい。
「桂木京魔アウト〜。扉の奥へお進み下さぁ〜い♪」
「なんだいまのアナウンス! 不穏がすぎる!」
アウト?扉の奥へお進み下さぁ〜い?てなんだ!?京魔くんが何をしたというんだ!
どこへご案内されるんだ!
いかせるかよ。
さっさと京魔くんを連れ帰るんだ。
環さんにアイコンタクトした。
やれやれと環さんは、とびつくように彼の右腕にしがみついた。
「頼んだよ! 環さん?」
「はぁ〜い」
さぁ、頑張ってね!環さん!
あとで肩揉んであげる!
──え? お前は行かないのかって?
わ、私は、いや、けっこう濡れてるし、ちょっとその恥ずかしいから……応援します。
「がんばれ! 環さ〜ん!」
「ほら? 京魔くん? いきましょ〜」
なーんか声がのんびりとしてる環さん。
もっときりきりやってもらわないと困っちゃうだけどねぇ〜?
環さんは京魔くんの腕にしがみついてよいしょ!よいしょ!と頑張ってるが一向に動きがない。
にしても
──京魔くん、一言も喋らないし、動かない。
──なんとかいってよ。
「京魔くん!」
私が叫ぶと、京魔くんの唇が、少しだけ動いた。
「……僕は」
雨音に混じって、彼の声が聞こえた。
「お作法を破った」
「お作法?」
お作法? ルール? なんの?
ラブコメ? それ以外のなにか?
京魔くんは、黒い扉に背中を引かれながら、私を見た。
"なにも"見ていない目で。
けれど、確かに私を見て。
「人はそれを、第四の壁という……らしい」
「……なんだっけ? それ?」
まじで知らない。恥ずかしながら。
「はは。知らぬが仏さ」
教えてくれないの!? しかも私が言いそうなこと言ってる! ──あと京魔くんが笑った。
初めてみたかも。
ズバババババババババババッ!
京魔くんの銀髪が、さらに強く扉へ吸われた。
制服の裾が、ネクタイが、シャツが、黒い闇へ引きずられていく。ぬ、脱げちゃうかも!
それでも雨は、まっすぐ降っていた。
それでも傘は、ぴくりとも動いていなかった。
なのに、彼の唇は動いた。
「さようならだ。寺来さん」
京魔くんは、ほんの少しだけ笑った。
笑っているのに。
泣いているみたいな顔だった。
「僕は、またどこかの世界で探すとするよ」
「な、なにを!?」
「僕が、許される世界を」
「きっと、どこかにあるんだ。そんな世界が」
「僕は、そう願っている」




