5発目 寺来薙心と雨宿り
雨が降っていた。雨雲の色を忘れた。
雨が降っていた。雨の冷たさを忘れた。
雨の音も、落ちる早さも、忘れてしまった。
雨は、傘の外。
私は、傘の中。
彼がさしてくれた傘の中に、私はいる。
──京魔くん。
私は見ていた。
彼の目を、頬を、口元を。
格好いい。"初めて"見た時から思っていた。
春夏秋冬、この時まで、
──毎日。
「寺来さん……」
まるで私の地の文の区切りを待っていたかのように、口火を切った京魔くん。私になんの用ですか?
ていうか、私、傘に入れてくれたお礼すら言えずに、ご自慢のハーフツインの要、おくれ毛のバランスを整えてます。
「雨宿りしようか?」彼は言った。
京魔くんの視線の先、街道の反対車線側に見える、少し階段を上がった所。──公園かな?
この辺の地理には疎い。それほど遠くまで来てしまったのかもしれない。
「……う、ん」
つまらない返事をしてしまった。
京魔くんを嫌にさせてないか心配だ。
何か、気の利いたこと一つでも捻り出して、京魔くんを笑わせたいな。二人きりだし。
あの公園に着くまでに笑わせたら100点。
別れるまでに笑わせたら50点。
笑わせられなかったら──それはなし。
笑わせるから。私なら出来る。
迷ったら、お父様譲りの寺ジョーク十選を乱射すれば一発は当たるはず。
──結論から言おう。0点でした。
◇
公園に着いてしまった。雨宿りなんてどうでもいい。
屋根がひとつ、机がひとつ、丸椅子よっつのこじんまりとした、名前の知らないスペースで
私は狼狽えていた。
机ごしの彼の腕にすがりつきたくなるほどに。
「きょ、京魔くん! もう一度、チャンスもらっていいかな!?」
滑り倒していた。雨の日に。
迷った末の寺ジョーク十連発は空を切った。
あのクソ親父!あなたを信じた私が馬鹿だった!
なにが『男には絶対受けるから!!な!?』だよ!
京魔くんは、くすりともしなかった!リアクションはなしだった! もう!
丸椅子から立ち上がった彼は、雨やまぬ空を眺めていた。
「寺来さん。今朝の話をしたい」
──え、まさか、巫女の話か?
「八夜神さん、彼女と"手を繋いだ"話だ」
桃色の淫髪の巫女、あいつ名字あったのか。
なんでだろうか?吼えて、街道を突っ走って、癇癪を撒き散らした後だからか、京魔くんと過ごす時間が心地よかったせいか、心理的インパクトは小さかった。
彼はもしかして雑談を通して、私の心の様子を見計らっていた?
──私は嫌だ。私ならそうしない。
「へぇ〜そうなんだ? 気持ちよかったぁ〜?」
彼の背中にむかって言ってやった。
余裕な声で。なんなら語尾を意地悪に伸ばした。
さらには、机に前のめりにのしかかってな?
検察官が裁判所でこんな煽るパフォーマンスしてるよね?
なのに彼は嫌な顔せず、こちらに振り向きもせず、淡々と返事した。
「それどころじゃなかった。車に撥ねられるところだった。迂闊だったよ?」
はぁ? 車に撥ねられる? 車道で手を繋ぐって何事だよ? 歩道で繋げよ?
いや待てよ? 暴走車両が横断歩道に突っ込んできた線か? 私の推測は外れた。
京魔くんは続きを、スラスラと話してくれた。
「寺来さんが街路樹にぶつかって、気絶して、所持品をドロップしたよね? それが街道の車道に飛び散ってしまった」
────え?
「メタラーぽいCD、記念硬貨、あと寺来さんの愛用バットとか……」
心臓が止まらない。ドッドッドッドッ。
今まで"そんなこと"なかったのに。
「僕が車道に落ちた品々を拾っていた所に車がきた。僕は夢中で気づかなかった」
私は察した。
この話の顛末を。
環さんが披露してくれた、
京魔くん再現VTRの結末を。
「そこに、八夜神さんが車道に飛びだして、僕の手を繋いで、歩道に引っ張ってくれた」
私は察した。
なぜ、"今日"、所持品が車道に散らばったのかも。
「それにしても、いつも以上に品が"多かった"。いつもは三つ、四つ。なのに今日は十は超えていた。模造刀にテントにピッケル。冒険者か?君は?品の大小、差はあれど、品々全部合わせれば、学校の掃除用具ロッカー並みの質量だったよ?」
京魔くんの話は続く。心臓の奥が熱い。
「よくあれだけの所持品を"四次元巾着(小)"に詰め込めたなと僕は感心したよ? 嫌味じゃないからね。君の"法力"の成せる業だ。尊敬してる」
──私のせいだ。わたしが、
「あれだけの法力を制御するために、品数を増やして、限界を超える試行錯誤を、"毎日"やり続けた。朝から脳を酷使する辛さを厭わない。凄いよ。寺来さん」
──ち、違う。た、たしかに結果として、法力の鍛錬にはなった。で、でも目的が違うんだ。
──い、言わなくちゃ。いま、言わないと。
「あ、あの! 京魔くん!」
喉が破れると思った。なにも考えずに私は喋った。というより叫んでしまった。
京魔くんは驚いた。無理もないよ。
あなたが尊敬と評した女の正体はその真逆なのだから。
「聞いて……その、所持品の、品を増やしたのは……ほ、法力の鍛錬のため、じゃな、くて」
──私、こんなもの持ってますよ!
DRAGONFORCE の名盤もってるんです!
『へぇ〜メタル好きなんだ〜?』
──知って欲しくて。
KORG R3 ボコーダーキーボードもってますよ!
『おー!作曲したりするのー? ジャンルは? ボコーダーならスラッシュメタルとか?』
──聞いて欲しくて。
テント、
『テント組めるの? ひとりで? 凄いね!』
──褒めて欲しくて。
ピッケル、記念硬貨、法力練り込みバット、一度も読んだことない料理本、
──ひとつでも多く。
休日のレシート、カロリーメイトはバニラ味、付箋だらけの大無量寿経、日本ツインテール百景、
──私を。知って欲しい。
なんの脈絡もなく、
私が私のことしか考えてない。
恋心という笠を着た
気色悪く
醜悪たる
下心なんです。
しかも、
────毎日。
「……ご、ごめえ、んなさぁぁああい!」
私はなにも謝れていない。
「じ、寺来さん?」
私は私が助かりたいだけなんだ。
だから泣いている。すぐに言えなかった。
最初に出た言葉、ごめんなさい?ちがうだろ?
ありがとうございます! 感謝が先だろ!
京魔くんと巫女を、二人、危険に晒しておいて、なに言ってんだ。
口先では愛語だ和顔だ偉そうに言う割には、なにも身になっていない。
寺の子なのに。
総本山の跡取りの一人娘なのに。
模範にならないといけないのに。
もう中学生なのに。
──汚い。内側も外側も。
瞼から落ちる涙がこんなにも汚い。
言葉でいくら取り繕ったところで、消えない。
寧ろ増す。泥に泥を重ねる業。
逃れようとする。それが汚い。
助かろうとする。これも汚い。
心をどこを探しても見つからない。
役立たずだね?
手が足りないね?
知恵も、時間も、
グッドアイディアも。
─────ッ!
私の頬になにかが触れた。
ハンカチだ。
シルクの少し、赤く染まったハンカチ。
「寺来さん。大袈裟にもほどがあるよ」
京魔くんが私を見ている。
「…………」言葉が出てこない。申し訳なくて、情けなくて、どうしようもなくて。
「ずっと、考えているんだね? 寺来さん」
「どうしてだ? 答えはあるのか? 真実はいつもひとつなのか? 違うだろ?」
──答え? 真実はいつもひとつ? 急にどうしたの? 京魔くん?
私は、彼の分からない意図に声を漏らした。
「……あ、え、その」
「黙ってくれ。寺来さん。僕のターンだ」
力強い声だった。彼の瞳、マリンブルーの輝きが、海のように、輝いている。
どんな海よりも、輝いている。
──輝いている。
京魔くんは、私の"四次元巾着袋"に
手を突っ込んだ。
「寺来さん。僕は願うよ」
◇
──寺来さん。
きっと、これが最初で最後だ。
僕は、なにも迷わない。




