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5発目 寺来薙心と雨宿り

雨が降っていた。雨雲の色を忘れた。

雨が降っていた。雨の冷たさを忘れた。

雨の音も、落ちる早さも、忘れてしまった。


雨は、傘の外。


私は、傘の中。


彼がさしてくれた傘の中に、私はいる。


──京魔くん。


私は見ていた。

彼の目を、頬を、口元を。


格好いい。"初めて"見た時から思っていた。


春夏秋冬、この時まで、


──毎日。


「寺来さん……」


まるで私の地の文の区切りを待っていたかのように、口火を切った京魔くん。私になんの用ですか?

ていうか、私、傘に入れてくれたお礼すら言えずに、ご自慢のハーフツインの要、おくれ毛のバランスを整えてます。



「雨宿りしようか?」彼は言った。



京魔くんの視線の先、街道の反対車線側に見える、少し階段を上がった所。──公園かな?

この辺の地理には疎い。それほど遠くまで来てしまったのかもしれない。 


「……う、ん」


つまらない返事をしてしまった。

京魔くんを嫌にさせてないか心配だ。

何か、気の利いたこと一つでも捻り出して、京魔くんを笑わせたいな。二人きりだし。


あの公園に着くまでに笑わせたら100点。

別れるまでに笑わせたら50点。

笑わせられなかったら──それはなし。

笑わせるから。私なら出来る。

迷ったら、お父様譲りの寺ジョーク十選を乱射すれば一発は当たるはず。



──結論から言おう。0点でした。





公園に着いてしまった。雨宿りなんてどうでもいい。

屋根がひとつ、机がひとつ、丸椅子よっつのこじんまりとした、名前の知らないスペースで

私は狼狽えていた。

机ごしの彼の腕にすがりつきたくなるほどに。


「きょ、京魔くん! もう一度、チャンスもらっていいかな!?」


滑り倒していた。雨の日に。

迷った末の寺ジョーク十連発は空を切った。

あのクソ親父!あなたを信じた私が馬鹿だった!

なにが『男には絶対受けるから!!な!?』だよ!

京魔くんは、くすりともしなかった!リアクションはなしだった! もう!


丸椅子から立ち上がった彼は、雨やまぬ空を眺めていた。


「寺来さん。今朝の話をしたい」


──え、まさか、巫女の話か?


八夜神ややがみさん、彼女と"手を繋いだ"話だ」


桃色の淫髪の巫女、あいつ名字あったのか。


なんでだろうか?吼えて、街道を突っ走って、癇癪を撒き散らした後だからか、京魔くんと過ごす時間が心地よかったせいか、心理的インパクトは小さかった。

彼はもしかして雑談を通して、私の心の様子を見計らっていた?


──私は嫌だ。私ならそうしない。


「へぇ〜そうなんだ? 気持ちよかったぁ〜?」


彼の背中にむかって言ってやった。

余裕な声で。なんなら語尾を意地悪に伸ばした。 

さらには、机に前のめりにのしかかってな?

検察官が裁判所でこんな煽るパフォーマンスしてるよね?

なのに彼は嫌な顔せず、こちらに振り向きもせず、淡々と返事した。


「それどころじゃなかった。車に撥ねられるところだった。迂闊だったよ?」


はぁ? 車に撥ねられる? 車道で手を繋ぐって何事だよ? 歩道で繋げよ?

いや待てよ? 暴走車両が横断歩道に突っ込んできた線か? 私の推測は外れた。

京魔くんは続きを、スラスラと話してくれた。


「寺来さんが街路樹にぶつかって、気絶して、所持品をドロップしたよね? それが街道の車道に飛び散ってしまった」


────え?


「メタラーぽいCD、記念硬貨、あと寺来さんの愛用バットとか……」


心臓が止まらない。ドッドッドッドッ。

今まで"そんなこと"なかったのに。


「僕が車道に落ちた品々を拾っていた所に車がきた。僕は夢中で気づかなかった」


私は察した。

この話の顛末を。


環さんが披露してくれた、

京魔くん再現VTRの結末を。


「そこに、八夜神さんが車道に飛びだして、僕の手を繋いで、歩道に引っ張ってくれた」


私は察した。

なぜ、"今日"、所持品が車道に散らばったのかも。


「それにしても、いつも以上に品が"多かった"。いつもは三つ、四つ。なのに今日は十は超えていた。模造刀にテントにピッケル。冒険者か?君は?品の大小、差はあれど、品々全部合わせれば、学校の掃除用具ロッカー並みの質量だったよ?」


京魔くんの話は続く。心臓の奥が熱い。


「よくあれだけの所持品を"四次元巾着(小)"に詰め込めたなと僕は感心したよ? 嫌味じゃないからね。君の"法力"の成せる業だ。尊敬してる」


──私のせいだ。わたしが、


「あれだけの法力を制御するために、品数を増やして、限界を超える試行錯誤を、"毎日"やり続けた。朝から脳を酷使する辛さを厭わない。凄いよ。寺来さん」


──ち、違う。た、たしかに結果として、法力の鍛錬にはなった。で、でも目的が違うんだ。


──い、言わなくちゃ。いま、言わないと。


「あ、あの! 京魔くん!」


喉が破れると思った。なにも考えずに私は喋った。というより叫んでしまった。

京魔くんは驚いた。無理もないよ。

あなたが尊敬と評した女の正体はその真逆なのだから。


「聞いて……その、所持品の、品を増やしたのは……ほ、法力の鍛錬のため、じゃな、くて」


──私、こんなもの持ってますよ!


DRAGONFORCE の名盤もってるんです!

『へぇ〜メタル好きなんだ〜?』


──知って欲しくて。


KORG R3 ボコーダーキーボードもってますよ!

『おー!作曲したりするのー? ジャンルは? ボコーダーならスラッシュメタルとか?』


──聞いて欲しくて。


テント、

『テント組めるの? ひとりで? 凄いね!』


──褒めて欲しくて。


ピッケル、記念硬貨、法力練り込みバット、一度も読んだことない料理本、


──ひとつでも多く。


休日のレシート、カロリーメイトはバニラ味、付箋だらけの大無量寿経、日本ツインテール百景、


──私を。知って欲しい。


なんの脈絡もなく、


私が私のことしか考えてない。


恋心という笠を着た


気色悪く


醜悪たる


下心なんです。


しかも、




────毎日。





「……ご、ごめえ、んなさぁぁああい!」




私はなにも謝れていない。



「じ、寺来さん?」



私は私が助かりたいだけなんだ。

だから泣いている。すぐに言えなかった。

最初に出た言葉、ごめんなさい?ちがうだろ?

ありがとうございます! 感謝が先だろ!


京魔くんと巫女を、二人、危険に晒しておいて、なに言ってんだ。


口先では愛語だ和顔だ偉そうに言う割には、なにも身になっていない。


寺の子なのに。

総本山の跡取りの一人娘なのに。

模範にならないといけないのに。

もう中学生なのに。


──汚い。内側も外側も。

瞼から落ちる涙がこんなにも汚い。

言葉でいくら取り繕ったところで、消えない。

寧ろ増す。泥に泥を重ねる業。

逃れようとする。それが汚い。

助かろうとする。これも汚い。

心をどこを探しても見つからない。

役立たずだね?

手が足りないね?

知恵も、時間も、

グッドアイディアも。



─────ッ!



私の頬になにかが触れた。 

  

ハンカチだ。

シルクの少し、赤く染まったハンカチ。


「寺来さん。大袈裟にもほどがあるよ」


京魔くんが私を見ている。


「…………」言葉が出てこない。申し訳なくて、情けなくて、どうしようもなくて。


「ずっと、考えているんだね? 寺来さん」


「どうしてだ? 答えはあるのか? 真実はいつもひとつなのか? 違うだろ?」


──答え? 真実はいつもひとつ? 急にどうしたの? 京魔くん?

私は、彼の分からない意図に声を漏らした。


「……あ、え、その」


「黙ってくれ。寺来さん。僕のターンだ」


力強い声だった。彼の瞳、マリンブルーの輝きが、海のように、輝いている。

どんな海よりも、輝いている。


──輝いている。


京魔くんは、私の"四次元巾着袋"に


手を突っ込んだ。




「寺来さん。僕は願うよ」






──寺来さん。 


きっと、これが最初で最後だ。


僕は、なにも迷わない。




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