4発目 寺来薙心と「うそだそんなことぉおおおおおおおおお!!」
環さんは言った。間違いなく。
『巫女さんがね?』
『京魔くんの手を』
『繋いだの』
──京魔くんが手を繋いだ? あの巫女と?
────私以外の女と?
「うそだそんなことぉおおおおおおおおお!!」
天に吼えた。
その声は、雨音を掻き消し、雨雲を貫き、
青い地球をとびだして宇宙へ届く。
──壊れきった咆哮。
その声のフォントは、縦書き推奨。
書道家が人サイズの筆で書き殴った、毛筆体であった。
う
そ
だ
そ
ん
な
こ
と
ぉ
お
お
お
お
お
お
お
お
お
!
私は耐えられなかった。
京魔くんが奪われてしまった。
他所の女に。
──桃色の淫髪の巫女に。
きっと今頃、朝ごはんでも食べながら、爆ぜる胸元の前に手をひらひら見せびらかしているに違いない。
『繋いじゃったぁあ〜! 京魔くんの手を! あなたの負けよぉ〜? 寺の子さん? ぐひひひひ!』
そんなふうに、ほくそ笑んでいるに違いない。
『あなたの、負・け・よ?』
YOU LOSE
────ッ。
気づけば、私は駆け出していた。
「あらら? 薙心〜? 薙心〜?」
環さんの声が遠くなる。
もう寺の敷地を、飛び出していた。
それどころではないのだ。
『妄念慚愧』
妄念──ありもしない巫女の悪業を、私の心が仕立て上げた。
YOU LOSEてなんだよ?
慚愧──仏に照らし、世に照らし、自分の心。その醜さを恥と知る。
そう。
────恥を知れ、私。
どしゃぶりの雨の中。
びしょ濡れになりながら。
電柱に肩をぶつけながら。
足元のくぼみに躓き、転びながら。
警官の呼び止めをシカトしながら。
桜並木の街道を、ただ駆け抜けた。
嗚呼、桜なんて見えなかった。
私の心に映る景色は──生い茂る柳に積もる雪。
──国道125号が消えるほど、積もる雪。
──世界なんて見えなくなってしまうほど、積もる雪。
京魔くんと手も繋げない。
そんな、ただ、クソッたれた雪景色であった。
◇
赤い光が、にじんでいた。
──とまれ。
信号機が、そう言っていた。
私は足を止めた。
商店街。
通り過ぎる車。
カッパ姿のサラリーマン。
店先の花を仕舞うお姉さん。
軒先で寝転がる黒猫。
交差点。
うつむいて、水の滴る寺の子が一名。
バカか、私は。
朝っぱらから癇癪をおこして、何をしている?
──ここはどこだ?
家に帰らなくちゃ。
シャワーを浴びて、朝ごはんを食べて、学校に行かなくちゃ。
踵を返す。
──トスッ。
やべ。誰かにぶつかっちゃった。
濡らしてしまったかも。
「……す、すいません」
「いいえ」
──あれ?
この声を、私は知っている。
透き通った声だ。
色でいうならば、青と白。
景色で言えば、海と雲。
穏やかな、声。
私は見上げた。
ゆっくりと。
───薙心のメモ⭐︎───
『妄念慚愧』
簡単に言うと、
自分勝手な思い込みを、恥じることだよ。
自分に恥じる。
他者に恥じる。
世間に恥じる。
そう。
みんなに恥じること。
はぁ?
それが出来れば苦労しないんですけど?
私みたいな聞く耳もたずにはね?
『縁なき衆生は度し難し!(えんなきしゅじょうはどしがたし!)』
御堂の奥で、お尻を引っ叩かれるんだよ?
聞く耳もたずめ! バシン!
救いようがない! バシン!
仏の力をもってしても! バシン!
悪い娘! バシン!
度し難し! バシン!
度し難し! バシン!
悪い娘! バシン!
聞く耳もたずは仏の力でも救えない。
という教えさ。
私は寺の子だ。
ケツをしばかれまくった。
だから言うんだ。
ケツバットしたい人に教えてあげてね?




