3発目 寺来薙心と京魔くん再現VTR
──海だった。
砂浜を歩く。波がひく。
砂に足跡。つがいの沢蟹。横に歩く。
鳥が鳴く。きっと誰かと飛んでいる。
砂浜を見ても、青空を見ても、海のむこうがわを見ても。
私はひとりで歩いてる。
そう、ひとりで。
遠くで、誰かが呼んでいる気がした。
ざあ、ざあ。波音に紛れて、聞き取れない。
私は耳を澄ませた。
──「薙心。薙心」
ペチ。
頬に、何か冷たいものが触れる。
── 「薙心。薙心」ペチペチペチペチ。
「……あれ、ここは?」
意識が覚醒した。
まばたきを二度、三度した。
ぼんやりとした景色が、ゆっくりとはっきり見えてきた。
そんな私の視界に何が映った?
青白い手。
それと、私を覗き込む顔。
まるで巣穴に迷い込んだ小狐を、
そっと確かめる親狐みたい。
整いすぎた鼻筋に、涼しげな目元。
色のない長髪は、絹みたいに滑らかで。
さらりと掻き上げた背後霊の環さん。なんの用だ?
「お目覚めね? 二度寝する? 京魔くんと手を繋ぐ? なににする?」
元気がいい環さん。ちょっと光ってる。何かいいことでもあったのかい?
周りを見渡すと、墓石墓石墓石、うん。寺の墓地だ。
石畳の上に横たわっていた私。
まるでスタート地点にリスポーンでもしたかのよう。ゲームみたいに。
冗談を言った。環さんが運んでくれたのだ。
一反木綿な乗り物になって。
街路樹で気絶した私を乗せて。
街道とフェンスを越えて。
ここまで。
──毎日。
「ありがとう。環さん」
「いいえ」
私は笑った。
寺の教え、『和顔(わがん)』の心のままに。
トゲトゲしてない、おだやかで優しい笑顔をいう。
「いい笑顔ね? 気持ちがいいわ。ばっちぐー!」
ばっちぐー? なんだろう。
たまに環さんは私の知らない言葉を使う。
親指立てて、元気良く私に突き出していた。
古の挨拶? 合いの手か? まぁ、悪い気はしない。
だって、環さんが笑顔だから。
おだやかで優しくて気持ちがいい。
『和顔』そのものなのだから。
むくりと身体をおこした私は"いつもの"返事をする。
「"今日は"……どうだった?」
なにがって? それはもちろん。
環さんは分かってる。
「そう……今日はね?」
環さんは披露してくれる。
──『今日の京魔くんのハイライト』を。
私が気を失っていた間の京魔くんを。
私に京魔くんがしてくれたあれやこれを。
再現VTRでご覧下さいと言わんばかりに。
湯煙ポン!
煙の中から現れた存在。
────ッ!?
格好いい!京魔くんだ!
環さんは"変化"した!そっくり!
大聖堂を飾る宝飾品のような気品!
それだけじゃない。微笑んでいる。
太陽だ。
私は生まれて初めて太陽を見た。
私が見てきた太陽なんて、便所の蛍光灯だったのだ。
眩しすぎる。
日に日に精度が増す環さんの"変化"に心の奥が熱くなる。
ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!
く……ッ! 苦しいッ……!
高鳴る胸、それはBPM170を越えるビート。朝にはキツイ。なんとか押さえつけるんだ。ジャージ越しに頼りない胸を鷲掴んで──
私は唱えた。
ジャラッとポケットから『オキニス数珠』を取り出して。──邪気を払う深き漆黒の数珠!格好いい!
掌にすべり込ませて。──全宗派で使える「略式数珠」!超便利!
じゃりじゃりと珠を鳴らした。──価格が安い!2,000〜5,000円で買えるんだ!
「南無阿弥陀仏! 南無阿弥陀仏!」
阿弥陀様! どうか私を救ってください!
阿弥陀様! どうか私を救ってください!
そんなドメジャーな念仏を唱えた私を他所に
環さんは始めた。
"今日の京魔くん再現VTR"をつつがなく。
身だしなみを整えた環さんは、喉に手を当て、深呼吸。
今日も頼むよ? 環さん?
今日の京魔くん(CV.環さん)の第一声が、
寺の墓地にひびいた。
「大丈夫かい! 寺来さん!」
声は似てない。残念ながら。
「僕は! 街路樹に! 倒れ込んだ! 鼻血たらす寺来さんに! 駆け寄った!」
うんうん。腕組み、うなずく私。
「僕は! 迷いなく! シルクのハンカチを取り出した!」
それで? それで?
「寺来さんを! 眠り姫を抱えるように! そっと優しく街路樹に立てかけた!」
素敵。京魔くん。ありがとう。
「あぁ! 寺来さんが気絶した拍子にドロップした所持品が! 拾わなくては!」
──私はいつも想う。
ありがとう、と。
なのに言えない。伝えられない。
「メタラーっぽいCDが! 記念硬貨が! やけに古びたバットが! 全部拾うよ! 寺来さん!」
──私はいつも話しかけられない。
だから街路樹につっこむんだ。
気にかけて欲しくて。
触れて欲しくて。
知って欲しくて。
──毎日。
こんな私に構ってくれるあなた。
好きになっちゃう。
あっ。いけない!
三年前からずっ〜と好きだったわぁ〜!
いっけねぇ〜! うひひひひひひひひ!
うひひひひひひひひひひひひひぃ〜!!
つい、笑ってしまう。嬉しくて。
「キモ」
──痛い。ナイフ一本刺されたかのようだ。
「笑いかたキモ」
──痛いよ。二本目? 追い討ち? ひどくない?
「やめてよ? 環さん。人がいい気分に浸ってるのに。朝っぱらから心にナイフ投げないで?」
──おかしい。"いつもの"環さんじゃない。
再現VTRを中断したのだ。
今まで何があっても中断しなかった環さんがどうして?
雨が降っても、雷が落ちても、木村拓哉が来ても中断しなかった環さんなのに。
とはいえ、私は認めねばならない。
締まりのない、独りよがりな薄気味の悪い、
毒の笑い──
『癡笑(ちしょう)』に飲まれたことを。
てゆーか早く続き見たい。
私の笑みの醜悪さよりよっぽど大事だ。
「薙心。理由があるのよ?」
環さんが、光っている。元気がいいのかな?
いや……違う。
私は見た。
環さんの"見たこともない"瞳の色を。
怒りではない。悲しみでもない。
私は、環さんの俯いた瞳から目を離せずにいた。
──雨。墓石にぴとん、と落ちた。
落ちる。シトシトと雨粒が。
だだっ広い池の、水面が揺れた。
環さんは言った。
「薙心。ここから"先"の再現VTRに耐えられるかしら?」
まだ落ちる。ザザザと大粒の雨が。
「どういうこと?」
カエルが池に飛び込んでいる。
本降りだ!ゲゲゲ!と鳴きながら。
「"いつも"と違うのよ?」
──雷。ゴロゴロと遠くから聞こえる。
空が黒い。
「……巫女さんがね?」
あっという間に暗雲に埋め尽くされた空。
「……京魔くんの」
空が鳴った。
「……手を繋いだの」
ズシャアアアアン!
稲光は照らしてくれなかった。
寺の子の自慢のハーフアップツインテールを。
寺の子の手縫いリメイクの金色ステッチ黒ジャージセットアップも。
寺の子の箪笥の手前に入れ直した、明日京魔くんに見せようと下ろした一軍地雷系ファッションも。
照らしてくれなかった。
なにも。
砕け散った、
寺の子の、
ひとりの心も。
───薙心のメモ⭐︎───
『和顔(わがん)』
簡単に言うと
相手も自分も安心させる、やわらかい表情だよ。
笑顔だけじゃない。
穏やかな顔も。
涼しげな顔も。
生真面目な顔も。
心を安らかにしたい想いさえあれば、
み〜んな和顔!
大切なのは、ただ見た目の笑顔というより、
相手も自分も受け入れたい心なんだね。
ケツバットしたい人に教えてあげてね?




