寺来薙心と背後霊の環さん
長い朝だった。
四月某日。中二を迎えて六日が経った。
朝五時の寺の墓地は陽射しが眩しい。
寺娘の私、寺来薙心は"墓地迷宮区画"の入り口を掃除中。
平日の朝っぱらから呆れた"惨状"に眉間にシワが集まる。
ポーション瓶、折れた矢尻、焚き火の跡、セーブポイント……冒険者どもがやりたい放題だ。一袋70リットルのゴミ袋が14袋も溜まるなんて、どうなってんだよ!
犯人見つけたらゴミ袋全部ぶち込んでケツバットだ。『不法投棄者め、持ち帰れ!』ってね。
「薙心。薙心」
「ちょっと待って。掃き掃除の後にして」
汗かいちゃった。漆黒のジャージのジッパーを胸元まで下ろし、ぱたぱたと前後に振って風を送り込んだ。ふと目に入った、白Tの首襟の汗の滲みが元気を奪う。汗は嫌いだ。けれど同時に目に入ったジャージの上下に施された特注の本金糸の黄金ステッチが、朝日にきらめく。この輝きは、いつ見ても元気が出る。お気に入りなのだ。
さてモノは片した。あとは仕上げの掃き掃除。竹箒を握り笑みが溢れる。この時が至福だ。
私はスイッチを入れたように心に桜吹雪を展開。
始めましょうか?掃き掃除。
春を感じさせる桜の落ちた花びらを、ひとつ、ひとつ、掃いて纏めて──私は彼のことを、銀髪の君を想ってる。
きっと彼はこんな朝には大聖堂を飾る宝飾品のような輝きを纏ってコーヒータイムでもして……
「薙心。薙心」
「だからさ〜!人が恋に焦がれて地の文喋ってる最中に声かけるなよ〜!背後に浮くなよ〜!空気読んで!」
「……そんなこといわないで」
すぅ〜と少し彼女は"透けた"。
気を悪くすると消えて無くなりそうになる。
半透明に浮いてる背後霊の環さん。
「ごめん。言い過ぎた。今日も可愛いね? 環さん」
ぱっ!と少し彼女は光った。
気を良くすると、誰にでも見えそうになる。
墓地暮らしの霊、環さん。私になんの用だ?
「あなたいつも、愛しの彼?のことを『大聖堂を飾る宝飾品のような……』と同じ比喩を毎日、使い回してるけど、他に気の利いた例えはないのかしら?」
私は小説家ではない。寺の子だ。まだ中二で語彙が貧困な未熟さを無闇に指摘してはいけないのだ。
「毎日好きなんだから毎日同じ比喩になるの。寺の教えで『恒常』てやつね?」
「ふぅ〜ん。あの子、教会の息子さんでしょ?牧師さん足る敬虔なる心に甘えたら?」
「それが出来たら苦労しないよ」
「じゃあ、あの子に取り憑いて仲を取り持ってあげましょうか?」
またか。この背後霊はいつも世話を焼きたがる。やり口が危なっかしいんだよ?
思わず「他人の恋路を見つめる前に、己の業と魂をみつめてろ!」と説法かましたくなるが、私はしない。寺の子だから。
寺の教え、優しい言葉を選び、相手を傷つけないように話そうとする『愛語』の心をもって私は言う。
「優しいんだね? 環さん」
「だけど駄目だよ? それは煩悩だから」
「自分の利益より相手の利益を先に考えなくちゃ」
「ふぅ〜ん?『布施•利行』てやつ? お忙しいのね? ふっわぁあ〜」
欠伸すんな。真面目な話してんのに。
「あら? 薙心。薙心」
どうした?環さん。
青白い手で私の両頬をパシ!パシ!叩くな。
「あれを見て?」
環さんの視線の先を見た。墓地の向こう側、桜並木の街道を。
───ッ!? 京魔くんだ!格好良い!
身だしなみ百点!乱れなき銀髪の五分け、整えられたまつ毛に眉毛。あなたの瞳に海が見える。マリンブルーな輝きを蓄えているよう。パリッとしたYシャツにズボンの下には鍛え抜かれた筋肉の膨らみ──素敵。
───ッッ!?
"あなただけ"ならよかったのに。
彼の背後に迫る影。もう一人いた。
私の「心の炎」が燃える。
電信柱の後ろから、ひょっこり顔出してやがる。
「あの……クソ巫女ぉぉ」
忌々しい人非ざる存在。それはクソ巫女。
薄らピンクの短髪、それは淫猥の色欲。
爆ぜる胸元。妖な艶艶な唇。
着崩された鎖骨丸出しの巫女装束。
下着を着ろよ?
とても清らかで明らかな心を求められる神の使いとは思えぬ容姿。
「また現れやがった……」
あいつ、いつも、この時間に現れやがる。
ただの散歩なら許す。
けれど違う。
あいつは、──今!
京魔くんの手を繋ごうとしてやがる!(未遂)
(いひひひ! 今日こそ、京魔くんのお手手繋いじゃうぞ〜♪)な顔してる!
「悪鬼百滅!」こうしちゃおれん。
「いくよ!……環さん!」
「はぁ〜い」
ぽん!と湯煙がひとつ立った瞬間、環さんは変化した。一反木綿のように細長く、端っこがふわふわと波打つ“白い帯”になった。
積載荷重は50KG!私はOK!
乗り物な彼女に私は前方宙返り三回転でスタンッ!と乗った。
「あら? 薙心? ちょっと……重くなった?」
「なんかいった!?」
「いえなにも〜」
目には血柱、いや炎の柱、それは『瞋恚』──怒りだ。
体重の増加を指摘されて図星だったわけではない。
比喩がワンパターンだと笑われたからでもない。
──境内の掃除もせずに、彼の手を繋ごうとする
"アイツ"をぶっとばすためだ。
───京魔くんと手を繋ぐのは私だ!(未遂)
───お前じゃない!(未遂)
「京魔くーん! ダメー!」
ほとばしるパトス。
私の想いは、朝だろうが昼だろうが全開だ!
京魔くんの手を、他の女になんか握らせない。
絶対にだ!
一反木綿(環さん)に乗った私は風を切る。
コルトパイソンで放たれた恋の弾丸のように。
墓地のフェンスを超えて、
中央分離帯を超えて、彼と巫女の間の
───街路樹に突っ込んだ。
ずがぁあああん!!
恋にブレーキなどない。街路樹に染み渡った恋のシロップ。まぁ、ただの鼻血なんだけどね?
「ぐぅ……おっ……」
──私は気を失った。
心配しないで。
いつものことである。
──薙心のメモ⭐︎──
『愛語』
簡単に言うと
相手を思いやる優しい言葉だよ。
道元禅師という偉〜いお坊さんが大切にしていた言葉なんだ。
道元禅師は
「赤ちゃんに話しかけるお母さんのような、優しい気持ちで言葉をかけようね」って言っているよ。
大切なのは、見返りを求めない優しさなんだね。
ケツバットしたい人に教えてあげてね?




