1発目 地雷な子じゃねぇ!な寺来薙心(じらい・なこ)
喧しい。
四月某日。私は中二を迎えた。
春の朝日に煌めく桜。
教室の窓辺に彷徨う蜂。
花びらの蜜はここには無い。
あるのは喧騒。
教室が賑わう。餓鬼の喚き。
蜂の羽音のように喧しい。
そう。お前らだ。
「「「や〜い!地雷な子〜!地雷な子〜!」」」
「うるせぇんだよ!!」ボガァアン!×3
「いてぇよぉ〜!」「ぎゃあああん!」「おかぁさぁん!」
「先生〜! 薙心ちゃんが、またケツバット×3した〜!」
「寺来さん! もうやめて! 羽交締め!」
「離せぇ〜!」
私の名前は寺来薙心(じらいなこ)
寺生まれの一人娘。人呼んで地雷な子。
ハーフアップツインテールの黒髪、狐の目。
激情に駆られ、怒っている姿を、寺の教えでなんという?
『瞋恚』
ムッとした感情を超えた怒りに飲まれ、相手を憎み、「心の炎」を激らせる様をいう。
人を地雷な子とカテゴライズしてはいけないのだ。──まぁ、ファッションは地雷系だけどね?
一度は許す、二度も許す。だかな?
「あ、寺来さん!」
先生ごめん。私は説かねばならない。いかねば!
バットを手放し、スッと重心を落とした。
先生の戒めの腕からスポンッ! と抜け出す。
落ちる寸前のバットをキャッチ。
我ながら機敏な動きだ。
伊達に寺で毎日雑巾がけをして、足腰を鍛え上げているわけではないのだ。
「ちょ、寺来さん!」
朝の日差しよ、私を照らせ。
立ち上がり様にバットを肩担ぎ。
くすみを帯びたダスティピンクのフリルブラウスがふわりと揺れた。
誰の肩にも肘にもぶつからないよう、並ぶ机の間をすり抜ける。
艶めくジェットブラックのフリルスカートも揺らし、オーバーニーに包んだ脚を、一歩、一歩、少し内股ぎみに。
厚底の上履きが、こつ、こつと床を鳴らす。
クラスメイト達の反応は様々。怪訝な表情。唖然とした表情。興味深げな表情。
初見の子は大層驚いたことだろう。
銀の姫薔薇の飾りをつけたハイウエストコルセットに支えられた背筋をしゃんと伸ばし、日当たりの良い教壇へ上がる。
たなびくハーフツインのおくれ毛を、指先ですっと払いながら。
黒板にカラフルに書かれた、ふざけた煽り文。
『寺来薙心は地雷な子〜!』それを背に、仁王立ち。
──ズバッ! と私は指で差した。
業を積んだ不届者達を。
「お前は4回!」
「あんたらは10回!」
「先生! あなたは3回!」
私は奴らの犯した業の数を説いた。
私は本当はケツバットなんてしたくないんだよ?
「悪を減らし、善を育てよ!」
寺の教えはそう言った。
だけど、クラスメイト、さらには先生、みんな面白おかしくいうんだよ?
寺来薙心は地雷な子てさ?
だから私は頭に来るんだ。──今日も!昨日も!きっと明日も!
心の炎が燃え沸る。
「仏の顔は三度までだ!」1カメ、全身!
「全員! ぶっとばしてやる!」2カメ、振り上げたバット!
「ケツバットで!」3カメ、真っ赤な顔面ドアップで!
悪を減らし、善を育てよ。
これは、説法かます物語ではない。
社会に揉まれる悲しき独りぼっちの再生物語でもない。
いつか私が恋して、恋焦がれて、胸を燃やして、愛しの伴侶と半生を過ごせたらいいな?と願う
────恋物語なのだ。
「諸悪莫作! 衆善奉行! 自浄其意!」
「先生〜! 薙心ちゃんが、またわけわからんこと唱えてる〜!」
「京魔くぅ〜ん! 薙心ちゃんをとめてよ〜!」
私は教室の隅を、ちらりと見た。
銀髪の彼だ。桂木京魔くん。
大聖堂を飾る宝飾品のような気品。
あなたはいつも本を、文字の星降る丘を眺めてる。
そんなあなたを見つめている私。
こんな私に気づかぬあなた。
この心を寺の教えでなんという?
『貪愛』
どうしても欲しい、手放したくない、むさぼるように執着する愛という。
彼のページをめくる音だけが、私の胸を焦がす。
──いつか、あなたと手を繋ぐ。
「いつか! あなたと手を繋ぐ!」
「先生〜! 薙心ちゃんがまたわけわからんこと叫んでる〜!」
「寺来さん! 席について! 羽交締め!」
「離せぇ〜!」
この春はただの春じゃない。
最初で"最後"の春なのだ。
噂を聞いた。
──京魔くんは"留学"するのだ。
ここではないどこかへ発つ。
期日は来年の三月末。一年を切った。
こうしちゃおれん。
私、寺来薙心の恋。
"最後"の春が始まった。
──薙心のメモ⭐︎──
『諸悪莫作! 衆善奉行! 自浄其意!』
お釈迦様が大切にしていた
「仏教の教え」をまとめた言葉だよ。
簡単に言うと
「悪いことは絶対にしない」
「進んで良いことをする」
「自分の心をいつでもキレイに保つ」
3つのステップのことなんだ。
ケツバットしたい人に教えてあげてね?




