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時をめぐる勇者の円環  作者: 波留馬 喬


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第四章:誰がための竜馬車(わだち)か、想い繋ぐ四つの軌跡 プロローグ:燻(くすぶ)る炉(ひ)の挑戦状

疾風をまとうシルフの驚異的な駆動によって、アンヴィルたちの旅路は劇的なまでに加速していた。

数日かかると踏んでいた荒野の道のりをわずか一日で駆け抜け、一行は無事に、職人の活気と鉄の匂いに満ちた大都市『バザルト』へと到着した。

しかし、目的地に着いた安堵も束の間、御者席から降りたアンヴィルは、眉をひそめて黒鉄の荷台の「ある異変」に気が付いた。

「……やっぱり、かなり無理がいってるな」

アンヴィルが荷台の車軸や、シルフを繋ぐ革鉄の馬具に触れる。

この荷台は軍用の頑丈な黒鉄製だが、それはあくまで「前線での手荒な扱いや衝撃」に耐えるための頑強さだ。神話時代の「激重の胸当て」という規格外の重量を積んだまま、シルフの生み出す『嵐のような速度と激しい風圧』で爆走することは想定されていない。

軍用ゆえの重すぎる自重が災いし、シルフの風の推進力と遺産の重量との間で板挟みになった結合部やフレームには、目に見えない歪みと金属疲労が急速に蓄積していた。風の抵抗をいなす構造になっていないため、このままではシルフにも無駄な負担がかかりすぎてしまう。

それだけじゃない。この先、一行が目指すルートには険しい山道が待っている。

今の「風をまともに受ける四角い軍用荷台」のままで強風の山岳地帯の急カーブに突っ込めば、横風と、後ろに偏った超重量の遠心力に荷台全体が大きく外側へと引っ張られてしまう。シルフがどれだけ踏ん張ろうと、制動を失ってそのまま全員巻き添えで崖下へ転落する未来が、アンヴィルの脳裏をよぎった。

「ベースとなる骨組みの頑丈さは悪くない。だけど、シルフの風の力を100%活かし、なおかつこの先、山道のカーブで後ろの重心に引っ張られて崖から落ちるような事態を避けるには――風圧を逃がす外殻カウルの追加や結合部の補強を含めた、全体的な『大改修アップデート』が必要だ」

職人の息子としての直感が、そう告げていた。

幸い、ここは腕利きの鍛冶師が集う職人の街バザルト。アンヴィルはノインたちと共に、この街で一番硬骨漢として知られる名だたる親方――『バザン』の工房へと、大改修の設計図を手に足を運んだ。

「おいおい、どこの馬の骨とも知れん流れのガキに、俺の大事な炉を貸せだと? 冗談は寝て言え」

玄武岩の塊のような肉体を持つ頑固鍛冶師バザンは、咥え煙草を燻らせながら、アンヴィルたちを鼻で笑った。冷たくあしらわれ、リンがムッとして一歩前に出ようとしたその時、アンヴィルは工房の奥で赤々と燃える炉を見つめながら、静かに口を開いた。

「……バザン親方。この工房、建物の構造のせいで北西からの季節風が逆流して、ふいごの吸気口の酸素濃度が狂ってる。だから炉の火力にわずかな焼きムラ(クセ)が出てるはずだ。天井の窓を三寸狭めて、吸気口に導風板を一枚噛ませれば、もっと火力を安定させられる」

バザンはピクリと眉を跳ね上げ、アンヴィルを鋭く睨みつけた。

それは、十五年間この工房でバザン自身が力技でねじ伏せてきた「火の狂い」そのものだったからだ。

バザンの視線が、アンヴィルが脇に抱えていた厚いロール状の紙片――大改修の設計図へと注がれる。

「……口だけは一丁前だな、小僧。そいつを見せな」

バザンはアンヴィルが差し出すよりも早く、その図面をひったくるように受け取り、無言で凝視した。そこにはベースの骨組みを補強しつつ、風の抵抗をいなす流線型の外殻設計が、寸分の狂いもなく美しく描き込まれていた。

しばらくの沈黙の後、バザンはフンと鼻を鳴らし、不敵にニヤリと笑った。

「机の上の計算だけは一丁前だな、小僧。山道での転落を防ぐために流線型にしてる意図は分かる。……だが、肝心の素材が伴ってねぇ。シルフの風圧と、あんたが後ろに積み込もうとしてる『異常なまでの大荷物』の重さだ。図面を見る限り、とんでもねぇ超重量を運ぶつもりだろ。並の鉄じゃ強風のカーブを曲がった瞬間、後ろの遠心力に耐えきれず、荷台ごと空中分解して崖下に真っ逆さまだぞ」

最高の設計でも、体現するための素材が足りない。バザンは図面をゴツゴツした指で叩いた。

「この軍用荷台を完全な『竜馬車』に化けさせるつもりなら、そこらの市場じゃ手に入らねぇ4つの素材がいる。まず1つ目は、後ろの重量を無効化ゼロにする**『浮閃石フローライト・オア』。これがないと山道のカーブで崖から落ちる未来は変えられねぇ。2つ目は、熱を吸って硬化する『熱砂の星砂』。外殻の結合部に鋳込み、風圧に耐えうる強固な装甲を作る。3つ目は、永久に冷気を放つ『氷輝結晶』。車軸を冷却し続け、摩擦熱による駆動部の焼き付きを防ぐ。正式な限界速度を引き出すための必須条件だ。そして最後は、大地のエネルギーを吸った『竜脈の古木』**。御者席のフレームから車体全体に配置することで、シルフの風の力を何倍にも増幅させ、かつ暴れる嵐を強制的に抑え込んで走りを安定させる。……ここまでやって、初めてこの図面は本物になるんだよ」

重さを消し、抵抗をいなし、熱を奪い、さらに風の力を増して安定させる。バザンが提示したのは、どれも一筋縄ではいかない希少な素材ばかりだった。

「なるほどな……。馬車のパワーと安定性を引き上げるための素材ってわけね。どれも今のアタシたちに足りないものばっかりじゃん」

リンが感心したようにため息をつく。

「まずは、最初の課題である『後ろの重さを消す石』だな」

ノインが腕を組み、バザンを振り返った。

「……親方、どこにある」

バザンは咥え煙草の煙を吐き出し、雲に隠れた荒涼たる岩山を指差した。

「ここから北へ半日。廃棄鉱山『グラニート』だ。その最深部にだけ『浮閃石』の原石が眠っている。だが、あそこへ行くのはやめときな。あそこには、狂った亡霊が棲みついてる」

「亡霊!?」

それまで静かに話を聞いていたリンとミリアの身体が、同時にビクッと跳ね上がった。

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