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時をめぐる勇者の円環  作者: 波留馬 喬


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第二章:心の枷と、目覚めぬ遺産(前半)

「ほら、腰が高い! 反応がワンテンポ遅いわよ! それじゃあガルグハウンドの突進一発でまた泥をすする羽目になるわよ!」

鋭い叱咤と共に、容赦のない木槍の突きがアンヴィルの喉元へ向けて繰り出される。

「くっ……、そ、うりゃあぁ!」

アンヴィルは必死に息を吐き出し、父の形見と同じ重さに作られた重い木刀を斜めに振り上げた。

ガツン、と硬質な音が草原に響く。槍の軌道をどうにか受け流したものの、恐るべき筋力から放たれた衝撃はアンヴィルの両腕を激しく痺れさせ、一歩、また一歩と足元がよろめいた。

リンとの出会いから数ヶ月。アンヴィルの旅路は、昼は移動と最低限の生活費を稼ぐためのギルド依頼、そして夜は果てると知れない猛特訓という、文字通り血と汗にまみれた日々に変わっていた。

「まだよ! 武器の重さに振り回されてる! 刃を振るうんじゃない、体幹の軸で『鉄の重さ』を運ぶのよ!」

間髪入れず、リンのしなやかな跳躍から、今度は横薙ぎの払いが放たれる。

白銀の尻尾を鋭く翻し、獣人特有の圧倒的なバネと速度で繰り出される木槍は、アンヴィルにとってまるで何本もの触手が一斉に襲いかかってくるかのような錯覚さえ覚えさせた。

(一歩引いたら、そのまま押し切られる……!)

アンヴィルは歯を食いしばり、恐怖をねじ伏せて逆に一歩 前へと踏み込んだ。

がむしゃらに剣を振り回していた以前の彼なら、ここで大振りの一撃を放ち、無様に空を切って姿勢を崩していただろう。だが、今の彼は違う。数ヶ月間、リンの槍を体に刻み込んできた経験が、彼の動きから無駄な力みを削ぎ落としていた。

木刀を最短距離で構え、盾のようにして槍の側面へと滑らせる。

受け止めるのではなく、受け流す。

「――お」

リンの目が、驚きにわずかに丸くなった。

槍の威力をいなされたリンの身体が、ほんの一瞬だけ前方へと流れる。その刹那の隙を見逃さず、アンヴィルは低く沈み込ませた腰を起点に、木刀を鋭く突き出した。狙いはリンの胴体。

カァン!

乾いた音が響いた。しかし、アンヴィルの木刀が届くより一瞬早く、リンは槍の柄を器用に回転させて突きの軌道を弾き飛ばしていた。完璧な防御。やはり、一歩も及ばない。

「はぁーっ……、はぁーっ……!」

アンヴィルはそれ以上動けず、その場に膝をついた。全身の筋肉が悲鳴を上げ、握力を失った両手から木刀が転がり落ちる。

「ふぅ……。今の受け流しと踏み込みは、少しはマシな足運びになってたじゃない。ただ力任せにバルカンの剣を振り回すだけの素人からは、ようやく卒業ね。これなら次の街のギルドでも、足手まといにはならなさそうだわ」

リンは木槍をすっと収めると、白銀の耳を満足げにぴこぴこと動かし、不敵に笑った。

アンヴィルはそのまま草原に大の字に寝転がり、冷たい夜風を胸いっぱいに吸い込みながらも、自分の成長を実感して充実感に口元を緩めた。

「はは……ありがと、リン。でも、本当に死ぬかと思ったよ……手加減、なさすぎじゃない?」

「強くなりたいって、私に『戦い方を教えてくれ』って頭を下げたのはどこの誰かしら? 魔王軍を相手にするなら、これでも生ぬるいくらいよ。ほら、いつまでも寝てないで、立ちなさい。次の目的地、魔導鉱山都市『フェルム』が見えてきたわよ」

山を越えた視界の先、巨大な鉄と石の建造物が立ち並び、絶え間なく黒煙を上げる活気溢れる都市が姿を現した。神話時代の防具が眠ると噂される、古い遺跡の入り口がある街だ。

魔導鉱山都市フェルムの冒険者ギルドは、辺境の村とは比べ物にならないほどの熱気に満ちていた。

大勢の冒険者たちが行き交う中、アンヴィルとリンは遺跡調査の依頼を受けるため、掲示板の前に立っていた。その時、ギルドの片隅から激しい罵声が聞こえてきた。

「おい! またお前の魔法は不発かよ! この燃費の悪い落ちこぼれが!」

「ひっ……す、すみません! でも、ちゃんと術式は……」

見れば、数人の冒険者が一人の小柄な人間の少女を怒鳴りつけていた。少女は大きな魔導書を胸に抱え、涙目を浮かべて震えている。

さらにその横では、少女を庇うようにして、大柄なドワーフの少年が重厚な大盾を構えて立ち尽くしていた。しかし、その手にある斧は鞘に収まったままで、どれだけ罵倒されても決して武器を抜こうとはしない。

「おい、そこのデカブツもだ! ドワーフのくせに盾に隠れて縮こまりやがって! お前らのせいで一昨日の討伐依頼は散々だったんだよ! もう二度と俺たちのパーティーに潜り込んでくるな!」

男たちは唾を吐き捨て、背を向けて去っていった。

残された少女はトボトボと地面に座り込み、ドワーフの少年は悔しそうに拳を握りしめながらも、ただじっと下を向いていた。

その様子をじっと見つめていたアンヴィルが、ぽつりと呟いた。

「……ねえ、リン。あの二人、僕たちの仲間に加えられたらいいな」

「はぁ!?」

リンが思わず大きな声を上げ、白銀の耳をピンと直立させて驚く。

「ちょっとアンヴィル、正気? 周りの噂を聞いてなかったの? 片方は怪力なのに武器も振るえない臆病者、もう片方はろくに魔法も出せない不良品よ? 足手まといを増やしてどうするのよ」

「いや、違うんだ。僕、一応鍛冶師の息子だからさ、鉄や魔力の『流れ』の無駄には敏感なんだよ。あの二人の佇まいを見ていると、なんだか凄く違和感があるんだ……。本当に実力がない落ちこぼれなんかじゃなくて、何か別の理由がある気がする。……よし、ちょっと話しかけてみよう」

「あ、ちょっと, アンヴィル!」

引き留めるリンを置いて、アンヴィルは歩き出した。その不器用な二人の姿に、かつての自分、そして故郷で死んだ父バルカンの姿を無意識に重ねていた。放っておけるはずがなかった。

「……あの、大丈夫?」

アンヴィルが声をかけると、二人はびくりと肩を揺らした。

少女の名前は「ミリア」。魔力量自体は決して少なくないはずなのに、なぜか発動する魔法がいつも極端に小さく、周囲からは落ちこぼれと見捨てられていた。

結果が出せない日々に心を痛めていた。

そしてドワーフの少年の名前は「ノイン」。種族特有の凄まじい怪力を持っていたが、過去に力余って親友に大怪我をさせてしまったことが深いトラウマになり、それ以来、全力で戦う恐怖から盾を構えて守ることしかできなくなってしまったのだという。

「私は……まともな火球ファイアボールすら出せないんです。一生懸命魔力を込めても、蝋燭の火みたいになっちゃって……」

ミリアが俯く。

「俺もだ……。この腕で武器を振るうのが怖い。また、誰かを傷つけてしまうんじゃないかって思うと、身体が動かなくなるんだ……」

ノインが大きな手を震わせる。

周囲と馴染めず、自分の力に怯え、孤独を抱える二人。アンヴィルは、静かに二人の話を聞いた後、まっすぐに二人を見つめた。

「落ちこぼれなんてこと、ないよ。ノイン、誰かを傷つけたくないって思うのは、君がすごく優しいからだ。守るための盾を必死に構えられる人が、弱いわけないよ」

「アンヴィル……」

「ミリアも、何かがおかしいだけだと思うんだ。僕、一応鍛冶師の息子だからさ、鉄や魔力の『流れ』の無駄には敏感なんだ。君の魔法、もしかしたら……」

アンヴィルが何かを言いかけたその時、ギルドの扉が激しく開き、血まみれの冒険者が飛び込んできた。

「た、大変だ! 街の外の旧遺跡に、魔王軍の残党が現れた! 遺跡の調査隊が閉じ込められてる!」

ギルド内が騒然となる。アンヴィルとリンは瞬時に目を合わせ、深く頷いた。

「行くよ、リン!」

「ええ、私たちの目的の場所だものね。……あんたたち二人、そこに突っ立って縮こまってるくらいなら、私たちについてきなさい!」

リンの峻烈な一喝に、ミリアとノインは顔を上げ、突き動かされるようにアンヴィルたちの後を追った。

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