小鳥遊 悠里視点 3
「大丈夫だよ? 暁人……」
「……」
「仕方ないよ、暁人は悪くない」
「私は、いつでも暁人の味方だからね」
私の肩に顔を埋める暁人の背中を、ゆっくりと優しく撫でる。
「……ありがとう」
「んーん、気にしないで。……また、いつでも頼ってよ」
「ごめん……。悠里に頼りっぱなしで……」
「いいの。暁人は私の恩人だもん。これは恩返しみたいな物だよ」
ボロボロに疲れ切った暁人の顔を覗き込み、私は心配そうに眉を下げる。
「今日は家に帰って、ゆっくり休も? その顔色だと、最近しっかり寝れてないでしょ」
「……ああ」
「これ……私が使ってる睡眠薬。結構強めだから、ピルカッターか歯で半分に割って飲んでね?」
「助かる……」
「うん。落ち着いたらまた連絡して? 私は、暁人の役に立てるだけで嬉しいから」
「悠里……」
「……」
暁人が帰っていく背中を、私は優しい微笑みを浮かべたまま見送った。
⸻
ガンッ!! ガンッ!! ガシャァァンッ!!
自室に戻った瞬間、私は手当たり次第に物を壁に叩きつけた。
「クソがッ!!」
『――翼が、俺の子供を妊娠した』
「子供が出来たぁ?! ふざけんな!!!」
「意味わかんねぇよ! 死ね! 死ねぇぇ!!」
ずっと……ずっと、聞きたくもないあのクソ女と暁人のエピソードを聞かされて……。
我慢して……我慢して……聖母みたいに暁人を慰めて……。
いずれは暁人をアイツから引き剥がして、私だけのモノにするって決めてたのに!!
一条翼……!! また違うクソ女が増えやがった!!
しかも子供!? あ”あ”あ”あ”ッ!!? 死ね! 殺してやる!
「もう無理……我慢できないぃぃッ!! 今すぐ暁人を監禁して、あの女たちから寝取って、手足縛って私だけのモノにしたいいぃ!!」
はぁ……はぁ……っ。
荒い呼吸を繰り返し、私はベッドに倒れ込んだ。
(落ち着け……落ち着け私……。焦るな……焦るな、私!)
確実に、暁人の心は私に近づいて来ている!
今日の暁人の、私にすがりつくようなあの顔……間違いない。暁人の精神は、空の束縛と翼の重圧でもう限界だ。
最後に暁人を救い出し、すべてを支配するのはこの私。
我慢、我慢……。今はまだ、我慢……。
…………。
⸻
「えー、何それー」
「いや、マジだから!」
「本当に?」
「マジマジ、んでさ……」
休日の公園。暁人と他愛のない話をしていると、不意に暁人のスマホが鳴った。
「!」
画面を見た瞬間、暁人の顔から血の気が引くのがわかった。
「そ、空……どうした?」
「え……今? 今は公園にいる。……い、いや……誰も居ない、俺一人だけだ……」
「………ああ……今すぐ行くよ。……うん……俺も、愛してる……」
電話を切った暁人の手は、微かに震えていた。
「……悠里ごめん。空に呼び出された……」
「そっかー……残念……」
「……はぁ……行きたくねぇ……」
俯く暁人を見て、私は静かに、だが確かな声で言った。
「……暁人。もう辛いなら、別れた方がいいよ」
「……」
「彼女さんの束縛……日に日にヤバくなってきてるし、暁人もどんどん元気無くなって、体調も崩しまくってるじゃん……」
「しかも、身体も……」
暁人の首筋や腕には、無数のキスマークや噛み跡……そして、何で付けられたか分からない異常な傷?跡?が増えている。
「……別れる……なんて言ったら、空に何されるか分からない……」
暁人は、あの女に完全に怯えきっている。
「家も知られてるし、親同士も仲が良い……俺の事で空が知らない事なんて……ほとんど無い…」
私は暁人の隣に座り、その震える身体をぎゅっと抱きしめた。
「私は、暁人が心配なの……。もう暁人の辛い顔見たくない……好きな人の辛い顔なんて、見たくないよ……」
「悠里……」
「何かあったら、私が守るよ。大丈夫……大丈夫だから……」
「……」
長い、長い沈黙の後。
暁人が、絞り出すように言った。
「別れる……」
「えっ……」
「……俺、空と別れるよ」
「………」
(やっ………)
(やったあああああああ!!!)
心の中で、私は狂喜乱舞した。
この数年間の努力が、ようやく……実ったああ!!
暁人たちと同じ高校の友達にお金を渡して、暁人の女関係の不穏な噂を流したり……。
私の友達をあの女の友達として潜り込ませて、恋愛相談に乗るフリをして、あの女の嫉妬心を極限まで煽るように仕向けたり……。
ふふふ……ふふっ……。
あの馬鹿女……面白い様に私の思い通りに自滅してくれて……あーw マジで笑えるww
空ちゃーんw 暁人、頂いちゃいまーすww
「うん……そうだね。……暁人も、彼女さんとは長いから色々辛いと思うけど……このまま付き合ってたら、辛い所じゃ済まされないとこまでいっちゃうよ……」
「……だよな……やばっ……手が、震えてきたわ……」
私は、震える暁人の手を両手で優しく包み込んだ。
「大丈夫……」
「私が付いてるから……」
「……ありがとう……少し考えたいから……考えが決まったらまた連絡する」
「うん……待ってるね」
⸻
そして、運命の日。
「ヤダッ!! やだやだやだやだ!!!」
「別れるなんてやだ!!」
「別れるぐらいなら死ぬ!! 暁人を殺して私も死ぬ!!」
「そ、空……やめろっ!」
公園の死角。別れを切り出された空が完全に発狂し、暁人の首を絞めようと飛びかかった。
「はい、駄目ーww」
私は物陰から歩み出ると、暁人の首に伸びた空の腕を力強く掴み、ギリッと捻り上げた。
「…誰!! 離せよ!!」
「無理ー。カレシに暴力振るおうとする奴を、離すわけないじゃん」
「はっ!! 彼氏!? 暁人は私の!! 私の彼氏なの!!」
空の顔が夜叉のように歪む。私は、底冷えするような笑顔で言い放った。
「もう彼氏じゃないよー。暁人、言ったよね? 好きな人がいるって……。それが、ワ・タ・シ♡」
「おまえが……お前が!! 暁人を!! 許さない!! 許さないぃぃぃッ!!」
狂乱した女が私を殴ろうと掴みかかってきたが、私はあっさりとその腕を躱した。
「危なーw ……あっ! 警察の人ー! こっちです!!」
こうなるのは分かっていた。空が絶対に刃傷沙汰を起こすことなんて、計算通りだ。
だから事前に「ストーカーに襲われそうになっている」と、警察に通報しておいたのだ。
駆けつけてきた警官たちが、暴れる空を取り押さえる。
「暁人ッ!! やだ! 離して!! 好き! 好き! 大好きなの! 別れたくないぃぃ!!」
「空……」
泣き叫び、地面を引きずられながらパトカーへ押し込まれていく空を、暁人は青ざめた顔で見つめていた。
「ほら、暁人行こ? 警察に事情話して、さっさとここから出よ?」
「……」
「暁人!!」
「っ!」
「……行くよ?」
「……わかった……」
暁人が、最後に一度だけパトカーの方を振り返り、重い足取りで歩き出した。
(チッ……まだ……完全には心を奪えてないか……)
空に向ける暁人の瞳の奥に、わずかな未練と情が残っているのを見て、私は心の中で舌打ちをした。
(まぁ……いいや。暁人はもう、私のだし……)
(これから……今まで通り、ゆっくり、確実に……骨の髄まで、私なしじゃ生きられないようにしてあげる)
暁人の手を強く握り締めながら、私は暗闇の中で誰にも見えない「本性の笑み」を浮かべた。




