わからないところが、わからない
「一応訊くが……わからないところは、あるか?」
「……わからないところが、わかりません」
壱は真顔で答えた。
「……そうか……」
教師は返答に迷った顔をしている。
わからないのか、わかるのか、どっちなのかと。
壱の言い方が悪かったものの、壱の言っていたことは間違いじゃなかった。
「俺が言ったら、何でも自慢になるんですけど。本当に、わからないところはないんです」
教師は意味深長な表情をしてから、チョークを握る手を下ろした。
「訊いてもいいか?」
「はい?」
「何故お前はこんなところにいる?」
「……?」
壱は質問の意図が読めず、首を傾げた。
教師は肩を竦めてみせて、ため息をつく。
「日本の高等教育が世界水準でも大きく下回っていることは、お前なら知っているはず。……聞けば、お前は英語もできるそうじゃないか。中学英語やらそういうレベルのものじゃないとも聞いたぞ。本格的な英会話ができるって。なら……何故こんなところにいる? 何故海外にいかない? 海外にいけば……お前の能力をふんだんに使えるかもしれないんだぞ」
教師が日本の学校を批判しているように聞こえた。
教師なのに、だ。
壱のことを思って、助言してくれているのだろう。
壱は口を挟まずに、最後まで聞き届けた。
「お前の本当の力がわかるのは、世界しかないんだ。こんな狭い世界にいたら、お前はいつか潰されてしまう。せっかくいいものを持っているのに、みすみす無駄にしてしまうんだ」
「……そうですかね?」
「何?」
壱がほんの少し声を高くして問い返すと、教師はちょっとだけ機嫌を損ねた。
「俺が持っているものが、世界に通用するとは思えないんです」