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ラッパ吹きの休日  作者: 雪 よしの
プロへの遠い道ー修行は続く
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クラリスは悩む

突然やってきたクラリスには、悩みがあるようなんだけど・・

クラリスは、ソファで体を縮め丸くなってる。何か悩みでもあるのだろう。楽器奏者のプロを目指すって、順調じゃない事が殆どで、かならず半端なくメンタルにくる。


 そういえば、ベルリン音楽コンクールの結果はどうだったのだろう?あれ以来、メールもしなかったけど。


「クラリス、もしかしてコンクール決勝に残れなかったんか?」

 

 俺は彼女にコーヒー(インスタントだけど)を渡し、自分のトランペットの水ぬきをし、拭きあげる


「そこは大丈夫。コンクールでは決勝に進むことが出来た。でも入賞出来なかったけどね。あは、選外だったの。自分では、渾身の演奏が出来たと思ったんだけど。」


 コンクールでは、緊張から普段の実力の半分も出せない奏者も、結構いるんだ。俺の場合は、緊張するけれど、それをうまい事、制御できてる(と、自分では思ってるが・・)


 渾身の演奏って事は、実力を100㌫出せたって事か、自身の耳が狂ってるかだ。


 決勝に残れなかったコンテスタントには、”不遜”に思えるかもしれない。でも”実力出し切った演奏”が、評価されないというのは、自分の音楽の方向性に不安を持ったのかもしれない。


「で、何を弾いたんだい?」

「プロコフィエルのピアノ協奏曲2番。3次予選でショパンを表現過多というか、やりすぎちゃったから、自分が思ってるよりかは、少し抑え目で、でもテンポは速めで。」


 話してるうち、彼女はだいぶ落ち着いてきた。何か不安があるときは、人に話すのがいいらしい。っていうか、酔いが少し覚めてきたかな。まだ酒臭いけど。


「で?悩んでるってとこか」


 突然、後ろから声が聞こえてびっくり。


「クラウス!聞いてたんだっていうか、帰って来てたんだ」

「フェリックスが、私を出迎えてくれて、そのまま音楽室に引っ張ってきた。”泣きそうなおねえさんがいる”って。よかったら、彼女を紹介してくれないかい?」


 にやにや笑いながら俺の方を見るクラウス、”やるじゃないか”って言いたげだ。彼女には、恋人のセリナの事でのろけて、写真まで見せたので、恋愛感情はクラリスにはないだろう。


「ええと、こちらはクラリス・フォン・リッターマイヤー。フランクフルトでの演奏会で共演したピアニストさん。えっとベルリン大学のマスタークラスだったよね。」


 そこでやっと状況を冷静に判断できるようになったのか、クラリスは、夜、遅くに訪問(すでに酔っ払い状態)した事を何度も詫びた。


「師事してる先生からは、”演奏は良かったんだけどね。ちょっと物足りないというか”って、ハッキリ言ってくれないし」


 本選の音源を持って来たとの事。


「ああ、カイト、私にもコーヒー。当然、おわかりと思うけど、私もカイトも楽器はトランペットだ。聴いてわからないだろう。師事してる先生がハッキリ言わないのは、本番で大失敗をやらかしたか、それ以上先は自分で考えろって事だ」


 そうだろうな。クラウスも手取足取りは教えない。自分ならと、演奏し、俺はそれをコピーするわけじゃなく、自分との演奏の違いを対比、吟味しながら、必要と思えば自分で改善してみる。バランスが崩れると、クラウスから指摘が入り、そこで悩む。ははは、結局、平坦な道のりじゃないんだよな、どのみち。


 フェリックスが”僕もコーヒー”なんて、すました顔だったけど、スルー。代わりに、リンゴジュースを取りに行った。


*** *** *** *** *** ***

 その間、クラウスを何を話したのか、音楽室を開けると笑い声が飛び込んできた。和やかな雰囲気になってる。


「でカイトが日本の忍者で、いろんな問題を解決してくれるって噂聞いてとんできたの。」


 クラウスはこらえきれずに大笑い。フェリックスは”カイトって忍者だったんだ”と目を丸くしてこっちを見つめてるし。


 いやいやいや、違うから。日本に忍者いないし、いたとしても、チートで万能のわけない。忍者は、武士社会の裏面といってもいい。


 音楽から話題がずれたのがよかったらしい。クラリスの顔が少し明るくなってる。音楽で行き詰った時、どうすればいいのか?答えは”練習するしかない”なのだ。その答えに行きつく前に、自分探しの旅なんてのをすると、問題をこじらす。


 俺も理屈ではわかってる。でも実際、大学時代、自分の演奏が迷路に入り込んだ時、ひどくなる前に逃亡した。ただ、お金がなかったので、楽器の練習の代わりにジョギングをして、自分の体のほうを酷使した。すると不思議と、迷路から出ていた。出口ではなく入り口に戻っただけの事もあったし、何も意識せず、スルっとクリアできたりする。


 大学も3年生の後半になり、自分の演奏についての迷路の正体に気が付いた。


 クラリスとクラウスがなんだか盛り上がってると、スマホの振動音が響いた。クラリスがでて、さかんに言い訳してる。


「ごめん、ホテルにいる母親から。実は2人でミュンヘンに来たの。私の帰りが遅いから。」


「とりあえず、今日は帰ったほうがいい。今、タクシーを呼ぶから、それで帰る事が出来るね」


「明日、クラリスの都合がよければ、コンクール、ピアノ部門の本選の様子を聞きたいな。ピアノ部門はコンテスタントが多くて、激戦なんだろう?」


 もちろん、金管・木管部門も多い。けれど、予選が3回以上もあるのが普通のピアノやバイオリンに比べると、楽といえないこともない。


 タクシーがきたようなので、明日に会う日時を確認して、クラリスの手をにぎった。激賞のつもりだったけど、左手だけ冷たい気がした、


「クラリス、確認なんだけど、少し左手のほうが冷たい気がするのは、俺の気のせい?」


 え?という顔で、彼女は自分の手を見比べたり触ったりしながら、顔が青ざめて行った。


「そうかも。ほんの少しだけど。気づかなかったなんて、不覚だわ。左手、腱鞘炎がまた出たのかも。カイト、残念だけど予定はキャンセルさせてね。明日、一番で帰って、師匠と主治医に相談してみないと。」


「もちろん、そうしたほうがいい。来年早々、ベルリンに遊びに行く予定だから、その時にでも。後でメールして。俺の気のせいかもしれないし。」


 いきなり来たかと思ったら、明日は即、帰る。こっちもふりまわされたが、本人は、嵐の前の海のような心境だろう。不穏ってやつ。


 そういえばセリナちゃんが言ってたっけ。腱鞘炎はピアニストの職業病でもあるけど、命取りでもあるって。


 残念ながらというか、次の日のクラリスからのメール


”カイト。昨夜は遅くにごめんなさい。そして本当にありがとう。見てもらったら左手は”少し安静にしてれば、大丈夫だろう”って。私ね、4年ほど前に軽い腱鞘炎をやって、それは治ったんだけどね。その後、左手だけ冷える様になって。でもたいした事なくてホっとした。主治医からは、体を温めるように言われてるんだけど、なかなか治らなくて。もともと冷え性だし。何かいい方法ないかしらね”



 たまたまなんだ。右手も暖かいとはいえない。前にエドの温かい手を握ったせいかな。ピアニストってみんなそうだと思ってた。でも早めに対策すればいいだけならよかった。。じゃない、よくないのか?


*** *** *** *** *** *** ***

 年があけ、ベルリン行は1月2日になった。一泊二日。フェリックスが一緒に連れていってほしいと、ダダをこねたが、こればかりは却下。


 冬のベルリンは、思ったほどは寒くないし雪も多くない。

ベルリン中央駅。そこでヨゼフとクラリスと待ち合わせた。

事前に二人に事情を話したら、じゃあ一緒にパーティーしようということになった。ヨゼフもクラリスも学年が違うとはいえ、同じ大学だからそこは、なんとかなった。


 ヨゼフの家に今回も泊めてもらう。


 お土産に、花束を買っていったら、ヨゼフのお母さまにすごく喜ばれた。


「まあまあ、あなたは忍者かとおもったけど、これは普通にお店で買ってきたのね」


 ははは・・笑うしかない。何度、説明してもわかってもらえないんだよな。ヨゼフ母には。


 音楽室に陣取り、俺、ヨゼフ、エリナ、ハンス。ベルリンでのコンクールで仲良くなった面々+クラリス。


 最初こそ、借りてきた猫のように、皆おとなしくしてたけれど、彼女はピアノ弾きと、わかった途端、トランペット吹きのみなは、伴奏をお願いした。


「いやまて、クラリスは今・・・」

「ああ、大丈夫。難しい曲は弾けないから。ってか、バッハのチェロの無伴奏1番を、だれかトランペットで演奏して、私、あの曲、大好き。」


 それは俺も、有名な女性トランペッターの演奏を聞いたことがあった。それに日本のサックス奏者が、石切出し跡に宮殿になったような地下で吹いてるドキュメンタリーも見た。


 もちろん他のみんなも当然知ってる、偉大なる大バッハ様の曲。1番にハンスが名乗り出て演奏した。


 ベルリンの夜ははやい。午後4時前には暗くなる。デリバリーのピザにヨゼフの母さんの差し入れてくれたソーセージとザワークラフト。


 帰りしな、クラリスに”体を温めるには生姜が一番”と、日本に行った時に、生姜湯をかってくるからと、約束した。


 彼女にお礼のハグをさた、なぜかハンスの視線が痛かったけど。


 ヨゼフに、生姜湯を頼まれた。祖母に贈りたいのだとか。まあ、そのくらいはお安い御用だけどね。”カイトはチート忍者説”は、ひろめないでほしい。


 





 

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