嵐の予感の年末
あわただしい年末、カイトに思いが得ないお客さんがやってきます。
香澄さんとクラウス、エド、奥さんのエリザベトさんを入れての話し合いが、エドのとこであったのだけど、もめたみたいだ。
俺とフェリックスは、別室に避難していたんでわからないけど、出て来た香澄さんの目が、腫れて赤くなってた。
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「はい、おしまい。足りない物があったら、取りに来てね。家の鍵を忘れないで」
香澄さんがフェリックスにお泊り用品を渡した。彼女の顔は、優しい母親そのもので、夏にクラウスと毎日、言い争いしてた時とは、別人のようだ。
「ママ、目が赤いけど泣いてた?誰かに苛められた?」
「いいえ、眠くて目をこすったら、こすりすぎちゃって」
笑って答える香澄さんは、俺に”黙っててほしい”のサインを送ってきたけど、もちろん、俺は何も知らない。(予想はつくけど)
「カイト、フェリックスの事、お願いね。きっとクラウスは甘やかしてばかりだろうけど、好き嫌いが多いから、そこはビシっと厳しくね」
”ホーレンソウとピーマンなんて、ゲー!だ。絶対嫌だからね”フェリックスがそう抗議してきたけど、そういえばウチで俺が作る料理には、偶然、その二つは使わなかった。実は俺もピーマンが苦手だ。(食べれない事はないけれど、どちらかというと避けたい食材)
「なんだ、ホウレンソウ、食べられないんだ。やっぱ子供だからかな。」
「カイトもクラウスと一緒になって、甘やかさないでね。」
フェリックスは、何かお説教されそうな雰囲気を感じたのか、さっさと外で待ってるクラウスの処へ行った。俺も一緒に行きかけて、フと香澄さんに聞いてみた。
「香澄さん。俺は子育ての事はよくわからないけれど、ウチ、両親が共働きだったから、両親が遅くなる時は、よくばあちゃんちに行った。香澄さんは、こっちには身内はいないだろうけど、ベビーシッターがあるじゃないですか?クラウスに遠慮せずに頼めばいいと思うだけど・・・」
6歳のフェリックスを、夜、一人で留守番させていた事をクラウスが知り、こういう事になった。養育は母親、お金は父親が出すという調停結果じゃなかったっけ?
「エリザベトにもさんざん言われたのよ。ヘンな意地を張らずにお金はクラウスを頼りなさいって。でもね、本当はお金の問題じゃないの。実はね、夜に頼んでたシッターの子が、フェリックスに暴力をふるったのよ。その子の言い分は、”嫌いな野菜を残したから叩いた”と。私、そこまで厳しくするつもりはなかったのだけど。”夕食を残さず食べさせてね” って言葉を、完璧にこなそうとしたのね。フェリックスはアザが残るほど強く叩かれて。もちろん、その子はすぐ、シッターは辞めてもらったけど。フェリックスが、どのシッターさんでもおびえるようになってしまって。」
「エリザベトさんは?」
「駄目だわ。結構、急に仕事が夜入る事があるかもしれないし。事情を話せば長いの。A旅行社のあの使えない添乗員が悪い。ああもう、今度、愚痴を聞いて、もちろん日本語でバンバン話したい。」
そう、愚痴が出るほど忙しく、で、一生懸命やってるんだ。現地のガイドという仕事、香澄さんにあってるのかも。彼女、少し痩せたけど、仕事の話題の時は声が生き生きしてた。
学校が始まる7日までは、クラウスは、オケも本番の出番がない。(降り番らしい)ただ月末には日本公演があるので、俺もクラウスもいない。そういう事は、さっき、ちゃんと打ち合わせしたのだろうか?
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年末は、連絡がいろいろたまってた。まず、オルガン奏者のエルンストさんに、デュオ演奏会(@ダルムシュタットの教会)の断りの連絡を入れようとしたら、向こうから、主催者側の都合で演奏会自体が中止になったと、謝罪のメールが来た。
年明けには、ベルリンへ遊びに行こうと思ってる。ヨゼフにあの時のメンバーが集まれる日を調整してもらった。
俺の一番大事で大切なセリナちゃんには、オケの日本公演の日程を知らせ、会える日を聞いてたんだけど、帰ってきた返事にガーンときた。いや、冷静に考えれば、2月にコンセルヴァトワールの試験があるのだから。今度、東京で会えると思い込んでた。
”大好きなカイトへ”
”カイト、ごめんなさい、私、パリへ1月15日に出国するの。フランス語が今一つ不安だし、環境になれたいし。もし、合格出来たのなら、そのまま入学までいていいって、親からも許可もらってる。で、これをメールを最後にして、ネットの契約を切るから、PCでは連絡できなくなります。スマホのほうに連絡下さい。ああそれで、試験終わるまで、小百合ちゃんの部屋に居候します・・”
衝撃だった。でも冷静に考えれば、一度、パリに会いに行けなくもない。日本に公演に出かける前の細々とした仕事が入る前なら、なんとかなるか。
でも、こっちからパリへ行くのに、どのくらいお金がかかるだろうか。
考え事してるうちに、ブルーな気持ちになった。”会いに行っても邪魔なだけかも”って、不安が心の底に沸いて来たから。ネルーダの協奏曲”を、練習中、クラウスが入ってきた。で、くるなり、唖然としてた顔になった。
「これから、年末チャリティコンサートの練習やら本番やらで忙しくなるんで、どれほど進んだか聴きにくれば、これか。確かに前の四角四面な演奏よりは、感情が豊かに出てる所はいいけれど、こんなネガティヴな”ネルーダ”は、斬新すぎだ。どうした、カイト?何かあったのか?」
黙っていた。言っても”そんな事で”と、笑われそうで。クラウスも沈黙のままだ。俺はその気まずさに耐えられなくなって、セリナちゃんとの事を話した。
案の定、大笑いされた。でも腹を抱えてまで笑いこけなくたって。
「じゃあ、パリへ会いに行って来い。こっちも28日にはミュンヘンを出る予定だから、とんぼ返りかもな。ただ、彼女は試験前なんだろう?会ったらすぐ帰ってくる事。なんだったら空港で落ち合うのもいいし」
そうか、その手でいこか。飛行機代っていくらなんだろう?向こうに知り合いももちろんいないから、ホテルに1泊。・・・出来れば二人で・・・いやいやいや、彼女は受験生。精神を揺らすような事をしてはいけない。湧き上がる妄想を打ち消すのに必死に戦った。
「ただし、与えられた曲をパリに行くまで仕上げる事。そんなだめだめネルーダじゃ、失格。上手く演奏出来たら、往復の飛行機代くらいは、出す。カイトには世話になってるし、少し遅めのクリスマスプレゼントってとこかな」
”馬にニンジン”ってとこなんだろうな。
次の日から俺はひたすら練習した。年が明けたら、エドとあわせ練習をする約束も取り付けた。
簡単な料理を作り、適当に掃除・洗濯をすませ、後はひたすら練習。
夜も、当然、練習してたら、フェリックスが、珍しく音楽室へ入って来た。練習中は入らないようクラウスに言われてるんだけど。
こっちにきても日中は、向こうの家の近くの児童館で過ごし、フリードと遊んだりそれなりに楽しく過ごしてるはず。お昼ごろに俺が迎に行く。帰りたがらない時は、エドが使わない時、音楽室で練習させてもらってる。
ああまだ、クラウスが帰ってきてないのに、音楽室にこもちゃったからな。寂しかったのだろう。
「さて、もう練習も終わりにするけど、これから何かで遊ぶ?それとも一緒に勉強するかい?」
「レゴ・ブロック。一緒にやって」
叱られるかもと思って、神妙な顔で入ってきたフェリックスが、破顔。俺に飛びついてきた。
その時”ピンポーン”と、音楽室の玄関のチャイムが鳴った。誰だろう?もう夜の7時になるのに。ザビーネさんではない。フェリックスをかかえたまま、インターフォンで応答しようと、訪問者を見てびっくり。急いでドアを開けた。
「クラリス!!」
クラリスが俺に飛びついてきた。お前は子供か!つうの。
「あは、きちゃった。ねえ、ビックリした?サプライズプレゼント~」
”夜に若い女性が、なんて不用心な”と説教したい所を、我慢。外にほうっておくわけにいかないしな。彼女とは、フランクフルトの教会の演奏会で、ショスタコービッチを共演しただけなんだけの仲。でも彼女はどうも俺に好意を、持ってるようだ。ベルリン音楽祭の時も会いに来た。
音楽祭といえば、彼女、3次予選を通ったのだろうか?その後の結果は聞いてなかったのだけど。
「クラリス。わざわざ俺に会いにきたのかい?」
「そうよ、だって私、カイト様一筋だも」
と、ケタケタと笑い出す。少しお酒臭い、ったく酔っ払い。不用心にもほどがるぞ。
「ねえ、カイト。私、ファイナリストになったのよ。でも選外。あはは、笑うしかないわよね。ベルリン音大マスタークラスの私が。」
音楽室のソファに座ると、体を丸めうつむいてる。
「ねえカイト、あの人、泣いてるの?」
「多分、泣き出す一歩前かな・・」
フェリックスには居間に行ってもらった。ほうっておくわけにもいかないだろうし、面倒な事にならないといいが。




