六、『成功報酬はありがたくいただきます』
「えー、こんなに良いんですかー? しかもタダなんてー。悪いですよー」
美矢実は満面の笑みを浮かべながら自分の前に並べられた品の数々に箸をつついている。
ご飯は美矢実の願い通りほくほくの白米で、焼き魚・てんぷら・漬物・菜っ葉の味噌汁と、随分と豪勢に彩られており、ものを口に入れる度に、
「おいし~!」
と大袈裟に体をくねらせている。
そして『さっきまですんごく不機嫌だったくせに』という視線を送る綾音を、ひたすら無視。
綾音はそんな姉の、遠慮と言うものと全く無縁の姿に、前に座る『三人』にちらりと不安げな視線を送る。一人は凜、一人は優香、そしてもう一人は――
「いえいえ、優香と弟を助けて下さったお礼です。せめてこれくらいの事はさせて下さい」
名を、橘達也。街で貴重な医師で、優香の婚約者であり、凜の兄である。この男が、騒ぎを聞き付け、そして後処理にも手伝ってくれた上に、周りの者を口裏合わせる様に説得してくれた。『誰でもない、達也の頼みとあっては』と皆快く従ってくれた。どうやら殊の外、信頼・信用されているらしい。騒動の時には回診していたとのこと。しかしこの達也、実の所ちゃんとした医者、と言うわけでもないらしい。一応医者の勉強はしているものの、彼はその〈能力〉・〈自然治癒の促進〉を用いて人の怪我や病気を治している、とのこと。
そのほかにもいろいろな話を聞いた。
ここは山に囲まれている為、戦などで攻め入られることがあまりなく(でも山を取られて大筒でもぶっ放されたら一間の終りだよね、と綾音は思った)、綺麗な河川が幾つもある為(氾濫などで困る事はあっても)農作物にも困ったことがなく、交易も盛んで、かなり豊かだった。
――だが領主が今の広尾忠長になった以降、事情は変わった。彼は己の〈能力〉を他人を縛りつけることに使い、法を自分勝手に変え、また己の能力で能力者を従え、恐怖でもって他を圧するようになった、らしい。
特に女は、美女を見付けると優香のように(よく自分の恋人を臆面なく美女だとか言えるな、と美矢実は思った)無理矢理にでも手籠めにしようとする。最近では可愛い男の子にもよく手を出し、連れて行ってしまうので、安心して外で遊ばせることが出来ないと言う(ありがちって言っちゃありがちだなぁ、と美矢実は思った)。
男たちは怒り、抵抗しようとしたのだが、〈能力者〉の多くは扱いの良い領主側に付いてしまって、領主自体も強く、幾度となく決起してはその度に鎮圧され、しかもいろいろな手を使い巧妙に内部から崩壊するように仕向けられる。
故に今では抗う気力も無くなり、繋がりも壊されて、怯え、隠れ住んでいると言う。そして最近では役人さえも領主の真似をしてやりたい放題だと言う。――
「あー、疲れたー、話長かったー。別にあんたたちの事なんか興味ないってのに」
美矢実は真っ白な襦袢姿で、風呂に浸かってほくほくと上気した体を、甘える猫の様にゴロゴロと布団に擦りつけて、ふにゃふにゃと嬉しそうに目を細めた。布団の上を勢いよく転がるせいで、白く細い髪が四方八方に伸びて暴れる。
綾音は顔をしかめながら、そんな美矢実を見下ろし、
「ミヤ姉、こんだけ親切にして貰っておいてそれはないよ」
と苦言を呈した。
この二人が旅の者だと知ると、達也は実際致せり尽くせりの持て成しをしてくれた。知り合いだから安心だと言う宿屋を手配し、豪勢な食事の後、街外れに湧いていると言う温泉にも入らせてくれて、その代金を全て支払ってくれたのだ。
しかし、美矢実は起き上がって布団の上で胡坐を掻き、長く乱れた白い髪をさっと手で梳き、真顔になって綾音を見上げた。
「そんなの、当然じゃない。私達はそれだけの事をしたわ。あの女とあの子供は、まともに抗うすべもないくせに、信念か誇りか何か分からないけど、そんなものの為に意地張った結果、命を落としかけたのよ。馬鹿らしいったらありゃしないわ。それを私達が体を張ってわざわざ助けてやったの。何か文句ある? ……不満顔ね。何か間違ったこと言っているかしら?
力のない奴が威勢よく吠えた所で、何が出来る訳じゃないのよ。あいつら弱い人間の尻拭いをするのは大抵の場合、私達強い人間よ。……あいつらが怨む領主って奴も別段、悪い奴って事でもないわよ。欲しいものの為に力を使う奴なんて世界中に山ほどいて、もっと強引なやり方で女を手籠めにしたり無理矢理物を奪ったりしている。娯楽で人を殺す輩なんて珍しくも何とも無くって……そんな事、私があんたにわざわざ説教する必要も無いでしょう?」
綾音は美矢実の言葉を聞いて、そっと瞳を閉じる。その瞼の内に描かれるのは、血と、生気のない顔。自然と死人の臭いが鼻をつき、耳にこびり付いた、助けを求めることすら諦めた呻き声が頭に響く。実に凄惨な光景の数々。
確かに、ミヤ姉の言う通りだ。いくら領主が勝手だからと言っても、ここは他と比べ、あまりにも豊かで、あまりにも恵まれている。当然の様に餓死者の出る所や、物取りや人殺しが当然の様に闊歩している場所は山ほどあった。夜なんて気が抜けなかった。
しかしこの街は、こうして気楽に枕を高くして寝ることも出来る。確かに贅沢だって、言ってしまっても差支えはないかもしれない。
……それでも、――
「子供が目の前で殺される所なんて、もう見たくない。だから勝手にやっただけ。お礼がどうとかは関係なかった。だから感謝はしたい」
綾音の瞼の内にこびり付いた、子供達の、なすすべなく死んで、ゴミのように捨てられる姿。
「あんたはそうかもね。でも私は違うわ。しっかりと対価は貰うわ」
綾音は話を終えるつもりはなかったが、美矢実は、もう話しても無駄だ、とでも言うように布団に入りこんでしまった。それでも綾音は話し続ける。
「僕だって、姉さん達にはいっぱい助けて貰ったよ」
「それは、あんただからよ。あんたは家族だから、それくらいは当然。でもあいつらは違う。それにあんたはすぐに強くなってくれた。戦闘に不向きなその能力でね」
美矢実は面倒そうに答え、そっぽを向く。
綾音の〈能力〉は、〈音を消す〉事。
先程の戦闘で綾音は全く自分の能力を使わなかったが、それも当然である。通常の戦闘では使う機会など滅多にないのである。旅人としてこの世界を生きるには、その能力はあまりにも不都合だった。それを、何とか技術でカバーしているのである。未熟なうちは、当然危うい場面など山ほどあった。その度に、化け物じみた二人の姉に助けて貰っていた。
――綾音は、その弱かった頃の自分と子供達を、どうしても重ねてしまうのだ。そして、自分も姉たちのようになりたいのだ。
「もういいでしょ。いい加減明かり消しなさい」
聞き分けのない弟に、姉は不貞腐れたように指図する。弟は黙って明かりの許へ行く。
が、消す前に少し立ち止まって、
「ミヤ姉、今日はありがとうね。やっぱり、僕一人じゃちょっと苦しかった」
「……当り前よ、家族なんだから。それにあんたみすみす見捨てたとあっちゃ、私が〈マイ姉〉に殺される。それに、女一人じゃ旅は骨が折れるから」
「うん。でも、ありがとう。お礼はちゃんと言いたいから」
綾音はにっこりと朗らかに笑いかけた。美矢実は、
「はいはい、お休み」
と言って、会話を遮断するように布団を頭にかぶった。綾音は蝋燭を消し、美矢実の隣の布団に這入った。
「……ふん、まったく調子いいんだから」
美矢実は布団の中で呟いて、綾音が眠るまで、自分の紅潮した頬を隠し続けた。




