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あるだけ盗め!  作者: けら をばな
第二章・闇に照らされて盗め
39/43

二十、『無常』

 リコ宅に押し入る軍隊。リコは、特殊な、人に接するとちょっと変わったにおいのする空気を体から自在にばら撒いて、事前に人数などを察知していた。多くの兵士が、屋敷の周りを取り巻いていた。逃げ場が無い。

 ――これは……あまりに多い。この少ない警備とナイフだけで生き残れるかしら?

 リコは、投降を考えた。やつらの狙いは私だ。だから、私を殺しさえすれば、満足して、屋敷の者は助けてくれるかもしれない。……どうせそんな事を言っても反対されるだけだから、機を見て黙って抜け出そう。そう思った。しかし、その心中を察してか、警護の若い女が一人、

「リコ様。暴徒の群は、我々全員を憎んでおります。我々は、権力者に与したと、そう思われています。……これはもしも、の話です。もしもの話ですが……もしもリコ様に一大事があっても、やつらは我々全員を討つまで止まりはしないでしょう。……リコ様、恥を忍んでお願い申し上げます。どうか、我々と協力して戦って下さい。……えっと……なんて言うかですね……はっきり言ってね、私もこの若さで死にたきゃないんですよ。いや、ホント、お嬢様にこんなこと言うの駄目だって分かってますよ? でもね、ホラ、お嬢様、私たちなんかよりお強いですし、一緒に戦ってくれるんであれば、それはもう千人力かなぁと」

 と、おちゃらけながら進言してきた。リコは己の考えの浅はかさに恥じながらも、その者の心意気には、感謝してもしきれない。リコは微笑んで、

「当たり前でしょう、何を言っているんだか。主が部下を置いて逃げる筈ないわよ」

 と明るく振舞った。

 そして今彼女らは、屋敷の裏手の開けた部屋の、頑丈な作りのドアを前に固まっていた。

 作戦はこうだ。リコの索敵能力から、裏手の兵がやや手薄なのは分かっている。とは言えそのまま突っ込んだでは、数の上で不利極まりない。だから、敵を一旦この広い屋敷に誘い込み、こちらを探させて兵力を分散させ、戦いながら、薄い裏側から活路を見出す。

 上手くいくかどうか分からない。しかもこちらはメイドら、非戦闘員も足枷になっている。しかし、他にいい案は浮かばなかった。

 ――それでも、成功させなくちゃ。皆が生き残るためだもの。

「リコ様……どういたしましたか?」

 メイド達が、不安げにリコを見上げる。いつの間にやら顔を強張らせていたらしい。リコは急いで頬を緩め笑顔を作り、

「大丈夫よ。私達がいるもの。ね?」

 と言って、信頼に値する数人の警護の者たちに同意を求めた。その中でも老年の男が、

「はい」

 と力強く返答してくれたものの、しかしその顔には、死の覚悟がありありと浮かんでいた。

 その顔を見て、泣きたくなった。

 皆から目を逸らし、耐えた。こんなんじゃ駄目だ。敵兵の動きに集中する。

「……来るわ」

 なかなか動きを見せない屋敷内のリコらに痺れを切らしたように、敵方は一斉に押し入ってきた。

 そして、こちらの狙い通り、兵力を分散させて、あちらこちらを探しまわったり、勝手の分からぬ屋敷の中で、迷ったりしている。

 ――そして、ある小隊が、リコたちの部屋にまで近付いてきた。

 まだ、逃げない。

 先ず、こちらの姿を一旦相手側に見せる。それから、背の頑丈な扉から部屋を出て、すぐに鍵をかける。そうすれば時間をかけさせられるかもしれない。そう考えたのである。

「今よ!!」

 リコの指示。敵がこちらの姿を捉えた瞬間、背中の頑丈なドアを開ける。そして、皆で外へ出て鍵をかける! ……筈だった。警護のもの二人が、ドアとは逆方向に走った。

「――え?」

 驚く暇も無く、リコは大柄で力強い髭面の警護に体を掴まれてドアから外へ連れ出された。

 そして、メイドがガチャガチャと鍵をかける。

 リコを掴んだ髭面は、それを待つ暇さえ耐えきれないように、そのメイドを差し置いて……いや、見捨てて、リコを抱えたまま走り出した。

 扉の向こうで銃声が鳴り響く。

 唖然。

 リコは、何もできない。

「どうかご無事で」

 それが、そのメイドの最期の言葉と、最期の笑顔となった。

「ちょっと、どういうことなのこれは!! あなたたち、答えなさい!! やめ、降ろして!!」

 担がれながら暴れふためくリコ。髭面はそれに答えず、代わりに、先程いろいろと進言してきた若い女の護衛が、

「いやー、流石にこれだけの軍勢を前に、皆が生きて脱出するのはちょっと無理かなーって思いまして。どうせ言っても反対されるでしょうし」

「何言ってんの! ふざけないで! いい加減に降ろして!! わけ分かんないわよ!!」

 ――わけが分からない?

 いや、逆だ。

 彼らが思っている事なんて、手に取るように分かる。

 そうこう言い争っているうちに、後ろから敵が追って来る。メイド二人が足を止め、逆走。通路の扉を閉め、体で抑えて壁にする。

「そんな――」

 ドアの向こうからがしがしんと扉を揺らす。……あえなく扉は開かれて、メイドの体に長槍の切っ先が突き刺さる。メイド二人の命で得られた時間は、わずか一分にも満たなかった。

「こんな……こんなのって……」

 いつの間にか、リコを守るのは、この女の護衛と、リコを抱える髭面の護衛だけになった。

 リコの体の力が抜けて、熱い涙が頬を伝う。それでも髭面は黙ったままだ。そして、女の護衛は笑顔だ。

「全員で逃げ出そうなんて、無理なんですよ。分かって下さい。誰も犠牲にならないようにした所でね、全員とっ捕まって銃殺されるのがオチです。それならば、少しずつ切り捨てて、お嬢様だけでも助けられるようにした方が遥かに良い。ま、ごく自然な事でございます。私たちはですね、お嬢様さえ助けられればいいのです。何人犠牲が出ようと、お嬢様さえ助けられれば、私たちの勝ちなんです。それだけでいいんです」

「私は……私は、女王にも成れない、政治も分からないし、人を助ける事も出来ない。それなのに……何で私が……分からない、全然分からない……」

「……お嬢様。実の所ね、私たちもよく分かってないんですよ。この国の事を考えたら、確かにお嬢様はそれ程重要だとは思えない。でもね、全員が思っちゃったんですよ。『女王様とかになってもなんなくてもいいから、いっつもこっちに気を遣って笑顔作ってるリコお嬢様が、心の底から笑顔になってくれたらいいな』って」

 突当りにガラス窓。兵力の大半をこの屋敷に注ぎ込んでいる今、そこから屋敷の外に出れば逃げ切る事は十分可能。だが、そううまくはいかない。

「前方から来ます!!」

 リコは一時放心状態にまで陥っていたが、敵の気配を察知し、はっと我に帰り、指示を出す。

 しかし、遅かった。精神状態が安定していなかったこと以上に、動きながらにおいを判別し索敵する事には難があった。

 こちらに向けられた銃口が、爆ぜる。

 リコを抱えていた髭面の男は、すぐさまリコを放し、自分を楯にして守った。

 リコの目の前で、髭面の男は、顔面を、胸を、腹を、撃ち抜かれた。

 後方からも敵が迫る。挟まれた。どうする?

 ――と、そこへ畳みかけるように、後方の敵の一人が、短刀を両手に持って、猛スピードで近付いてきた。尋常の速さではない。恐らく〈能力者〉。リコに真っ直ぐに向かって来る。狙われたリコだが、先程髭面に無造作に放されたせいで姿勢が崩れ、咄嗟の行動が出来ない。そうなれば当然、女の警護がリコを守りに来る。胸に、腹部に、敵の短刀が埋まる。

「お嬢、速く!!」

「でも――」

「俺らの死を、どうか無駄にしないでください!!」

 リコは、唇をきゅっと噛んで、窓へと向かった。彼女は、その後姿を見て、にっと笑った。

 リコの後ろで、爆発。彼女は後ろの軍勢を悉く吹っ飛ばした。

 振り向かない。振り向けない。

 前方の敵兵は、依然リコを狙っている。リコはナイフを取り出した……が、ナイフは無情にも、からんからんと音を立てて地に落ちた。手に、力が入らない。震えて、物を掴むことすらかなわない。

 不味い――兵士どもが一斉にリコに向かう。

 ガシャン!! 硝子が割れる音。突然、窓の向こうから現れた、黒ずくめの男。

 ヒュンヒュンと鞭がしなり踊り狂う音。面白いようにバタバタと倒れる甲冑姿の兵士たち。

「こっちだ、お嬢!!」

 黒の背広をどす黒く血で染めて、リコに向かって叫ばれた、ミツルの声。

 その顔を見た途端、リコの全身が震える。

 リコは、その顔をよく知っている。思い起こされる、恐怖。自然、足が止まる。

 その怯える姿を見て、ミツルはぎゅっと歯噛みする。リコの後ろから続々と追手が迫る。

「お願いだ、お嬢!! どう思ってくれれも構わん、だが、今だけだ、今だけ信じてくれ!!」

 ミツルは叫んだ。リコは苦しそうに顔をゆがめながら、走った。そして、ミツルが割った窓から外へと飛び出した。

「どうかご無事で」

「……ありがとう」

 二人すれ違う時、瞳は合わせなかった。しかし、言葉だけは交わす事が出来た。

 ミツルは満足げに、リコの後姿を見送った。そして、懐から煙管を取り出して、火を点けた。

 ミツルの姿を見て、敵勢の幾人かがたじろいだ。

「へへ……こっから先、押し通ろうてんなら、この俺様が相手だぜ」

 ミツルはにやりとせせら笑って、煙管を咥えたまま、分厚い唇の端から白い煙を吐きだした。


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