十九、『紛糾』
美矢実らが泊まっている安宿にも、澄み渡った闇夜を伝って大砲の音が絶え間なく届く。しかし城からは遠く離れている為、どうやらこちら側に被害が出そうにない。住民たちは恐れて、家の戸を固く閉ざし、身を寄せ合って震えている。美矢実と言えば、そんな騒ぎに構うことなくベッドの中でじっと目を閉じている。
不図、闇がさっと揺らめいた。
億劫そうに窓を開けると、闇夜に溶ける、音も無く駆ける綾音の後ろ姿が見えた。
知らないわよ。もう、勝手にしなさい。私だって、そう何度も何度もあんたの尻拭いをするのは嫌なんだからね。
ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らし、ベッドにまた潜り込む。そして、そのまましばらく目を瞑っていた。
が、どうやら眠れそうにない。
大きな溜息をついて、仕方なく、と言った風にベッドを出た。そして、いつもの袴に着替えて、刀を腰に差す。次の瞬間には、いつもの通りに、闇に溶けていた。
空から冷たい雪がちらほらと姿を現し、夜風に冷えた大地の上に、ゆっくりと舞い落ちた。
アイは城外の別宅にて、火薬の炸裂する音にその身をがたがたと震わせていた。その傍らにいる、数人の護衛たちは、そんなアイに手をこまねいていた。
「どういうことなの……どうして、どうして……警護の人間が、どうしてこんなに少ないの」
「アイ様……何度も申した通りです。アイ様が、今日のリコ暗殺に、持てる兵力の大半を注ぎ込んでしまったのです」
「でも、それは、シュウが、シュウがそうしろって言ったから……シュウは? ねえ、シュウは一体どこにいるの? シュウに会わせて。シュウに会いたい……」
アイは涙をぼろぼろと流し身を震わせ、懇願した。護衛連中はそんな姿を見て、『駄目だこれは』と呆れたように肩をすくめた。そこへ、ドガドガと大群の足音が近づいてきた。護衛たちは驚き、アイの両腕を持って引っ張った。しかし、アイは一向に自分の足で立とうとしない。
「アイ様、危険です! 即刻ここを立ち去りましょう!!」
「シュウ……シュウ……」うなされたように呟くアイ。
「アイ様、諦めて下さい、シュウめは貴女様を裏切ったのです!! 速く!!」
「おい、諦めろ、もう駄目だ。俺たちだけでも逃げるぞ!!」
ドンと部屋の戸が開けられ、大群が流れ込む。その手には皆マスケット銃を携えている。その大群の中に、不敵な笑みを浮かべるコズエの姿がある。
「放て!!」
コズエの声が邸宅に響く。ドゴォン! という迫力満点の爆発音が一斉に鳴り響き、屋敷全体を揺らす。室内が煙に包まれる。大群は、放ったマスケット銃を床に置き、背負ったマスケット銃に持ち替えて、その煙に向かって突き出す。
「放て!!」
二度目のコズエの指示。もう一度爆発音が屋敷に鳴り響く。そして、銃を背負い直し、腰に携えた剣を引き抜き、充満した煙の中へ突進する。
誰かが窓を開け放つ。刺すような冷たさと大粒の雪を伴った風が、一瞬で煙を吹き飛ばした。
アイの護衛の大半は、蜂の巣になって、既に息絶えていた。ぴくぴくと牛車に轢かれた蛇のように、虫の息で体を震わせる数人の護衛も、すぐに剣によって首元を刺され、一人また一人と、丁寧に殺されていった。
しかし……肝心のアイの死体が見当たらない。一人一人確認しながら顔をしかめる。
しかしコズエは、それを予期していたかのように、ズカズカと足を進める。そして真っ黒の、何かの塊の前に立った。その塊は、見た目はドロドロと液体のような形状をしているが、触れるととても硬い。まるで、熱して溶かした鉄を、床に零して一瞬で冷やし固めたようなものだ。
「これが、アイの〈能力〉だ。こうなってしまったら、半時(一時間)はどうしようも出来ん」
「では、どういたしましょうか?」
「そうだな……このまま、どこかに深く埋めておけ」
「そ……それでは、戻った時にはアイ様は生き埋めに」
コズエの目が尖る。腰の細剣を引き抜き、その者の首に突き刺した。驚いたように目を見開き、絶命する。
「敵前において怖気づくようなグズは、我々の味方ではない。身中にあって、獅子に害をなす虫だ。腹を食い破られる前に潰すまでだ」
コズエは剣を引き抜き、血を払い、機械的に鞘に仕舞った。




