十八、『さあ、始めよう』
大砲の叫びは城にまで届き、びりびりと城壁を震わせ、簡単に城内を混乱に陥れた。兵士たちがかちゃかちゃと鎧兜を鳴らしながら走る。闇夜に燃える松明のその数に、戦慄する。その群集を泰然と見下ろす堂々たる女王・カナの姿。
「……コズエ。アイはどこに?」
その隣で忌々しげに爪を噛むコズエ。
「……実は、今日は城内で見かけてはいません。もしかしたら、離れの邸宅にいるかも知れませんが」
「そうですか。……もし、もしもアイにもしものことがあれば、貴方、頼みますよ」
コズエはカッと目を見開いて、
「何をおっしゃいますか!! アイ姉様とリコは、我が命に変えてでも全力でお守りいたします!! 母上、どうかそのような弱気な事をおっしゃられますな!! あなた様がそのようでは困ります!!」
と憤慨したような口吻でたしなめる。カナは首を振る。
「これは、母としての言葉ではありません、女王としての言葉です。政治とは、常に最悪な『もしも』を想定しなければなりません。そしてコズエ、決して私情に惑わされぬように。『我が命に変えてでも』などと、人の上に立つ人間が軽々しく言葉にしていいものではありません。それに、分かっているのですか? 今回の決起の首謀者は、どう考えてもユカリです。ユカリの狙いには……コズエ、あなたも含まれているのですよ?」
「……それならば、これは人間・ユカリとしての言葉です。必ずやユカリを召し捕り、必ずや生きて帰り、必ずやアイ姉様とリコを助けて見せます」
そして、コズエは汚いものでも見るような目で決起の群衆を見下ろして、
「〈無能力者〉風情が……何を死に急ぐ。無力なお前たちが玩具を掲げた所で、何になる。待っていろ。お望み通り、ひと薙ぎに磨り潰してやる。見せつけてやる。国中に、お前らの行いが如何に愚かで、如何に無意味か、晒してやる」
颯爽とその場を立ち去った。
カナはコズエの吐き捨てた台詞に、心を悩ませる。
「ユカリ……何故分からないのですか。あなた達〈無能力者〉だけでは、この厳しい世の中を生きてゆけないのです。我々の助けが必要なのです。我々〈能力者〉の導きが無ければ、どうしようもならないのです。あなた方に、この国を導く事は到底不可能なのです……」
女王であり一人の母親であるカナは、彼女が言う所の『凡愚なる民衆』を前に、諦めたように溜息をついた。
「どういうことだ!! 何故、今日なんだ!!」
城内に集まる黒ずくめの集団を前に、ミツルは叫び、机をドンと力強く叩いた。そんなミツルに対し、黒ずくめの集団は、短筒を取り出して、一斉に向けた。
「……どういうことだ?」
ギンと子供のような瞳を尖らせて、黒ずくめどもをねめ回す。黒ずくめどもは、誰一人として、眉一つ動かさない。
「ミツル様……貴方は有能です。それにユカリ様からのご信頼も厚い。ですが、シュウ様はそんな貴方を信用されてはいません。残念ですが、貴方とご一緒できるのはここまでです」
「……そうかい」
敵は八人。ミツルは懐の鞭を取った。
一斉射撃。ガジャンと軽い音を立てて、短筒が火を噴いた。ミツルの好反応。致命傷は避けたものの、だがしかし、全弾は避けきれない。腹部に二発、利き手である右肩に二発。ミツルの顔がゆがむ。
……しかし、口元には微かに笑みが浮かんでいる。鞭を負傷した右手から左手に持ち替え、振る。
鞭はしなやかに宙を舞い、予測不能の動きで黒ずくめどもを襲う。
ひとりが、その鞭をかすった。少しかすった程度、少し触れた程度だが、一瞬にして激しい電流が体を伝い、白目をむいて、心肺停止。
ミツルの〈能力〉・〈電撃〉発動。そっと鞭を触れさせてしまえば、途端にその〈能力〉の餌食となる。鞭の勢いを殺さない為にも、むしろ掠らせるだけの方が良い。
短筒の装填数は一発。この状況、弾を込め直す暇など無い。黒ずくめどもは銃を捨て、各々の武器を持つ。しかしその間も、ミツルの絶え間ない攻撃に晒される。黒ずくめは、一瞬にして半数にまで減る。
元・王家護衛団総長、ミツル。子供のような目をいっぱいに広げ、異様に輝く瞳で黒ずくめどもを見る。圧倒的な実力差を前に、黒ずくめどもはたじろぐ。
ミツルは、不図額の向こう傷を手でなぞる。
「へへ、疼くぜ。この鼻をつく硝煙の何とも言えねえ臭い。吃驚の眼差し。懐かしいもんだなァ。やっぱり俺の居場所は戦場だったんだろうさ。子守りなんざ、性に合わねェ」
そして、にんまりと口角を吊り上げた。




