十七、『演説』
その夜。月の無い闇夜の小高い丘の上に、無数の松明が揺れる。その明かりに赤く照らされる、壇上のユカリの褐色の笑み。それを守るようにして取り囲む重武装兵団。ユカリが腰の剣を引き抜くと、その重武装兵団も槍を高く掲げた。
「時は来た。今ぞまさに決起の時なり!! ……諸君。今更、それ以外の言葉が必要だろうか? 諸君らの心を奮い立たせる言葉が、今ここで、私の口から発せられる必要があるだろうか?
いや、そんな必要はない筈だ。思い出せ。ただそれだけでいい。
思い出せ、やつらから受けた扱いを。思い出せ、やつらから受けた仕打ちを。思い出せ、強いられた労働を、割に合わない端金同然の賃金を。思い出せ、やつらから受けた罵詈雑言を、やつらの見下した視線を、耳障りな嘲笑の声を。思い出せ、己が子が〈無能力者〉であるが故に親子の関係を引き裂かれた過去を。思い出せ、同じ時、同じ場所で生まれながら、〈無能力者〉であるが故に、報われぬ日々を過ごしてきた過去を。思い出せ、〈無能力者〉であるが故に、ただひたすらに働き続け、斃れた父を、〈無能力者〉であるが故に、弄ばれ、絶望し死んでいった母を。
それだけでいい。思い出せ、さすれば分かる筈だ。どうすればいいかを、その掌中に握られた、各々の武器を、如何にすればいいかを、誰に向ければいいかを。
思い出せ、虐げられた日々を、なすすべなく蹂躙され続けた苦々しい日々を。――
そう……我々はあまりに無力だった。不当な扱いを受けても、受け入れるしかなかった、耐えるしかなかった、泣き寝入るしかなかった。力一杯拳を握りしめても、ぺらぺらのベッドに叩きつける以外に、何も出来なかった。拳を奴らの顔面に叩きつける為には、あまりに無力だったのだ。
……だが、今は違う。今、諸君らの手には何が握られている? マスケット銃、長槍、剣、各々に、様々な武器が握られている。
――これは、ただ単に人を殺すだけの道具ではない、我々の〈権利〉だ。
不当な扱いをひっくり返す〈権利〉だ。
やつらに報いを受けされる〈権利〉だ。
やつらめを、我らが足元に額衝かせる為の〈権利〉だ。
我々は、ようやく、ようやく正当な〈権利〉を手に入れたのだ。
長きにわたる不当な関係を覆す、当然の〈権利〉だ。
往来を堂々と歩く為の〈権利〉だ。労働に見合った賃金が支払われる為の〈権利〉だ。体を壊すまで働かなくてもいいと言う〈権利〉だ。愛するものを守る為の〈権利〉だ。家族と一緒に平和に暮らす為の〈権利〉だ。普通に眠る為の〈権利〉だ。満足するまで者を食べる為の〈権利〉だ。好きなものを好きと言い、嫌いなものを嫌いと言う、その為の〈権利〉だ!!
それを我々は、今まさに、ようやく、ようやく! 手に入れることが出来たのだ!!
……諸君、もうすぐだ。その〈権利〉を、ようやく行使できる日が来たのだ。ここに集いし諸君らは、歳は様々、事情も様々であろう。しかし、同じだ。思い出すだけで身の毛もよだつ苦しみを、永遠とも感じる長きの間ただただ受け入れ、逃げるすべのない未来に絶望していたのだ。――さあ、終わりにしよう。下剋上だ」
ドスン!!
大地を震わせる、大砲の雄叫び。集まった〈無能力者〉とその協力者もまた、一斉に、各々の叫びを喚き散らし、武器を、ユカリの演説によると〈権利〉を天高く掲げた。
進軍。
ユカリの声により集まった烏合の衆は、同じ境遇・苦しみを糊として、固く結束した。




