十六、『さあ』
「あーあ、穏便にやれッつったのになァ……」
額に向こう傷のあるそのスキンヘッドの男は、綾音に腕を落とされた男に近寄って、その顔を勢いよく蹴りつけた。そして、
「オイ、お前ら、コイツ病院連れてけ」
と黒ずくめ数人に目をやった。手を切り落とされその上蹴り飛ばされた男はその者らに連れられて宿を出て行った。スキンヘッドはそれを見送ると、傍らの椅子に腰かけた。
綾音は依然人殺しの視線を向けている。
「……ま、そんな顔すんな。こっちが悪かった。今日はちいと頼みごとをしに来たんだ。こんな雰囲気じゃ、何も出来ねえ。ああ、俺は名をミツルと言う。よろしく頼む」
「……お前らの頼み事なんぞを、僕が聞くとでも? ふざけたことを言うな」
「なァに、とりあえず話を聞きな。聞けば、俺の願いを受け入れずにはいられなくなる」
ミツルは口元と目尻に皺を寄せる。綾音は依然、剥き身の小太刀を構えたままである。
「何するつもりか分からないが、僕が、信用の無い人間の頼みごとをホイホイと聞いてあげるような、そんなお人好しの人間に見える?」
「そうだな。あんたは騙されやすそうだ。目を見りゃ大体分かる。相当死地をくぐってきただろうが、どうにも純粋だ。何回かそれで下手踏んだことだろう。違うか?」
図星。沈黙。ミツルはふてぶてしく嗤う。
「ま、そんなこと言いに来たんじゃねえさ。用件言う前に、お前さんにある事を教えてやろう」
「……さっさと言え。勿体ぶるな、殺すぞ」
綾音は口を尖らせる。ミツルは楽しげに笑う。
「へっへっへ、怖いもんだ。……近いうちに、この街で『反乱』が起こる」
綾音は眉をひそめる。いきなり来て、何を言い出すんだこいつは。と言う視線を向ける。
ミツルは動じない。どっかりと椅子に腰かけたまま、煙草を吹かせている。子供っぽい目を、真摯に綾音に向けている。
……嘘を言っているようには聞こえない。いや、だがしかし、そう簡単に信じていいものか。迷う。第一、そんな事を聞かせて何になるというのか。
「その話、どうやら本当っぽいわよ」
美矢実登場。入口の戸に凭れかけている。黒ずくめどもが各々の武器を構える。が、美矢実のひと睨みで竦む。
「止めとけ」ミツルの制止。「お前らじゃ、止めることすらかなわん」
「あらあら。頭のいい人は好きよ」
美矢実がにっこりと微笑む。
「……ミヤ姉、どういう事? 本当に、反乱とか言うのは起こるの?」
美矢実は、綾音の言葉に真顔に戻る。
「その通りよ。路地裏でこそこそと集まってる親切なゴロツキどもに聞いたわ」
「……どうやって?」
「秘密」
人差し指で口を抑えてウインク。と同時に腰に差した刀がかちゃりと不吉に鳴る。
「綾音、あんたこの街の人間が〈能力〉によって選定され、差別されていると、こう言っていたわね。どうやらこの扱いに、〈無能力者〉とその近親者やそいつらに親しい者たちは、相当不満を持っているらしいわ。……どうやら、この前の〈小谷城〉とまるっきり一緒ね。折角方々旅しているってのに、虚しいものね」
「成程ね。それが今まさに爆発すると、そう言うわけだ」
「それだけじゃないわ。こっからがこの間の小谷城と違う所だけど……どうやら、〈無能力者〉連中は、権力の側に内通しているみたいなの。『強力な〈能力者〉だって俺達の側についてんだ!!』って熱り立ってたわよ? あのチンピラども。それに、強力な兵器だって、権力側から提供されているって話よ」
「……そこまで分かっちまったわけだ」ミツルはぽりぽりと剥き出しの頭をかく。
「まあね。とにかく、ここでの決起はどうやら前の所と違って本格的だわ。権力側の、統率・権力・財力が使えるのだからね。国外からも武器を買い付けているとか。……この街は、混乱に巻き込まれる。さて、綾音。質問よ。こんな時、私達はどうしたらいいかしら?」
美矢実の問いに、綾音は答えない。
「即答してくれなきゃ困るわ。正解は、『さっさとずらかる』。火事場泥棒も、それはそれで魅力的だけど、あんたは嫌でしょう? それに、こういう時はいつも、お金持の所から順に火の海に変ずるわけだからね。危険よ。盗み働く前にこの街を去るのはちょっと苦しいけど、仕方ないわ。……もっとも、あんたがいつまでも手をこまねいているのが悪いんだけどね」
ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。綾音はじっと押し黙ったままである。美矢実はミツルに視線を送る。
「そう言うわけで、ま、残念だけど頼み事とやらは他を当たってちょうだい。あんたたちがどっちの側か分かりゃしないけど、私たちは邪魔もしないし協力もしない。近日中に出て行くわ」
「成程ね、あんたは相当の手練だ。脆さってモンが見当たらない。大方、坊主もこのネーチャンに助けられてきたろうなァ」
ミツルは楽しげに綾音に笑みを向ける。
沈黙。これもまた図星。
そしてミツルは、視線を美矢実に戻す。
「でもな、ネーチャンよ。あんたは乗り気でなくっても、この坊主の方が、どう思うかねぇ」
「……あら、何が言いたいのかしら?」
美矢実の目が細む。左手を刀の鞘と鍔に、右手を柄に運ぶ。
ミツルは、ふんっと偉そうに鼻で笑い、綾音を子供っぽい目で見つめる。
「なあ、坊主……お前、なぁんか勘付いてるんじゃねえのかい?」
「……それ以上言うと斬るわよ」
美矢実が腰を落とし、構える。
長く美しい髪が日光を吸って銀色に輝く。
長い間蚊帳の外だった黒ずくめどもが色めく。ミツルはそれを片手で制し、悠長に笑う。
「へへ、なんとも恐ろしい女だ。でもな、この坊主がいつもどこ行ってるか、ちゃんと知っておく必要があったなぁ。あんたの管理不行き届きだ」
銀の髪が、さっと宙を舞う。美矢実は、タンと軽い音を立てて床を蹴る。
神速でミツルに接近。
きぃぃん。――
二つの音叉の不協和音が、安宿の冷たい空気を震わせる。
ミツルの首を吹き飛ばす筈だった美矢実の刀は見事、綾音の小太刀に止められた。
「……綾音。これは何のつもりかしら」
怒気を多分に含んだ美矢実の声と視線。その緊張で銀髪が逆立つ。
「……ごめん、ミヤ姉」
対して、弱気ですがるような綾音の視線。ふふん、と勝ち誇ったような表情のミツル。
「王家には、ユカリって名の、女王・カナと奴隷の間に生まれた〈無能力者〉がいる。ま、俺も女王様が何だって奴隷と関係を持ったか、知る由もねえ。だがとにかく、そのユカリってのはそんな事情から、かなりつらい扱いを強いられてきた。……同時に、〈無能力者〉からの同情・人気は上々だ。『ユカリを女王として祀り上げよう』。そう言う話になるのは、ごく自然だったわけだ。……そうする為に一番簡単な方法は何か? それはな、『ユカリより王位継承順位の上のやつを皆殺しにする』だ。単純な方法さ。それが、今回の決起の目的だ。亡き者とし、堂々とユカリを王位に就かせるわけだ。そして……リコもまた、ユカリよりも王位継承順位が上だ」
「……僕に、どうしろと?」つらそうな表情の綾音。
「綾音、聞くんじゃない」美矢実の目が、金色の炯々とした瞳へと変わる。
ミツルは美矢実を無視して、煙管をポンと机に叩き、綾音に目をやる。
「……方々で盗み働く悪い賊がいるらしいな。賊と言っても、二人の姉弟らしい。マ、俺は考えたわけよ。『そいつらがリコを盗んでくれたらどんなに楽かなぁ』って。こっちもあんま余裕がねえのさ。本当は殺してもらえりゃ一番なんだが。……どうやら弟の方が、そうはしてくれねえって感じだしな。しょうがねえのさ。ま、利害の一致ってわけだが――」
ミツルの言葉の途中、美矢実は綾音を蹴り飛ばし、ミツルを縦一閃に斬りつける。椅子が真っ二つに割れる。
が、ミツルはいない。
タンと軽く床を蹴ると、小太りな体が身軽に宙に浮き、ストンと小さな音を立て床に着く。
美矢実も跳んで、ミツルに接近。
ミツルは懐から取り出した鞭を自在に操り、そこら中の椅子や机を美矢実に飛ばす。美矢実の足が止まる。その間に、ミツルは悠々出口から外へと逃げ出してしまっていた。
「決起は明後日だ。時間がねえのさ。よろしく頼むぜ」
ミツルはうすら笑いを浮かべ、消えた。黒ずくめどもは、唖然と二人の戦闘を見守っていたが、ようやく我に返って、どたどたと逃げるように去っていった。




