十三、『嫌な過去』
――何も無い真っ白な空間を、ひとり彷徨う女の子の姿。右を見ても左を見ても、それ以外には何も無い。
泣き声。
……泣いている?
誰が?
女の子が?
いや、違う。
これは私だ。
私の頬を伝う、私の瞳から零れ落ちた大粒の涙。
突如として画面が切り替わる。ほの暗い寝室。豪勢なベッド。そこに体を横たえるのは、ひとりの、立派な髭を生やした褐色の男。
そこへ、パジャマ姿の小さな少女が、切れ長の瞳を泣き腫らし、枕を抱えて歩み寄る。
「お父さんお父さん、リコ、眠れないの。ねえ、一緒に寝ていい? ねえ、お父さん」
小さくもよく通る、鈴を鳴らしたような高い声。
「ああ、いいとも。リコ。こっちに来なさい。愛おしいリコ……」
父親らしき者の優しげな声に、少女の涙は一瞬で渇き、ぱあっと向日葵のような明るい笑顔に切り替わった。
その微笑ましい光景に、私の顔から血の気がさっと引いた。
――やめて。
いくら大声で叫んでも、途端に声が殺される。
少女は楽しそうに父親のベッドに入り込む。と同時に、ぐにゃりと画面が、ぶれてひずむ。
匂いだ。汗と、蜂蜜の匂いを混ぜたような、甘い、不思議な匂い。
突如として父親の顔つきが変わる。
「……お父さん?」
少女の不安げな眼差し。父親の呼吸が乱れる。
「お父さん? どうしたの? どこか痛いの?」
「リコ……リコ……可愛いリコ……」
父親の姿は、真っ黒でドロドロとしたものに変容し、少女の服を剥ぎ、口を抑え、覆いかぶさった。
それと同時に、私の視界も黒に包まれる。
ガジャン!!
小さな爆発音とともに漂う、硝煙の臭い。ぱっと明かりが灯される。
私の目に映る、ベッドの上で呆然と仰向けに横たわる、裸の少女の姿と、短筒を咥え込み、脳漿を飛び出させる父親の姿。
――やだ、もう、見たくない。
私の懇願は、またもや殺される。必至で目を瞑る。それでも、光は私を襲う。いろいろな男の顔が、私の瞼の内に映し出される。
優しくしてくれた男、好きだった男、嫌いだった男、名も知らぬ男、様々な男の顔から、真っ黒な腕が私の体に伸びる。
――嫌、嫌、止めて、お願い。
逃げたくても、体が動かない。じたばたもがくうちに、真っ黒な腕に包まれて、全身を隅々まで揉まれ、蹂躙される。痛みとは別の苦痛が私を襲う。
――誰か……誰か助けて……お願い……。
その声は、誰にも届くことなく、闇に溶けた。




