十二、『ルールを護って楽しい殺戮』
美矢実はひとり、孤独な闇の中に沈んでいた。
……ねえ、暗闇の中に、何があると思う?
……何も無い?
――残念。不正解。――
暗闇の中にはね、むしろ、様々なものが存在しているわ。
温かさ。冷たさ。安心。不安。力。無力。残酷さ。生ぬるさ。優しさ。厳しさ。軽さ。重さ。
様々な、相反する状態が、二分の一の確率で、同時に存在しているの。
……でも、私は考えるの。その中から、心地の良いものだけを取り出せないか?
自分に都合のいい空間を、作り出せないのか?
と。
温かくて、安心できて、無力で、生ぬるくて、優しくて、適度な重さに包まれて……。
とっても幸せな事だと思わない?
――そして、私は、手に入れたわ。――
「そう。この布団という空間を――」
「起きろ馬鹿姉ッ!!」
ミエの大声が、美矢実の耳を劈く。驚く暇も無く、布団が引っぺがされ、どしんと、頭から木の床に叩きつけられる。
「ギャー!! ぎょえー! 痛い、痛いわ!! こんなの、こんな残酷なことってないわ!!」
頭を抱えて、見下ろすミエに必死に痛さをアピールする美矢実。その姿に、ミエは途端に威勢を失くし、肩を落とし、大きく溜息をつき、呆れを全身でアピールする。
「まったく……お前さんは偉いもんだねえ。弟が旅立ちの準備に方々(ほうぼう)回ってるときに、一人布団でぐーすかぐーすか。本当に大物だよ」
「でしょう!?」
「褒めて無い、皮肉だよ!!」
「分かってるわよそんな事!! でもね、私はか弱い乙女なの。そうやって、自分を騙してでも鼓舞しないと、生きていけないの。この厳しい世の中を生き抜いて行けないの!!」
「掃除したいから出てってくれ」
「酷い、あんまりよ!! この悪魔! 鬼畜生!」
「出てかなきゃ、また大声出すよ」
「あ、はい。今すぐに出て行きます」
というわけで、美矢実は今、人通りの多い往来をひとりとぼとぼと歩いている。
まったく、冗談じゃないわよ。私だっていつもは、ぼーっとしてて危なっかしい綾音なんかよりも、ずっとずぅっと、ずぅーっとしっかりしてんのよ? それなのに、一部だけしか見ていない赤の人が、偉そうに説教しちゃってさー。
そう言う風に美矢実はぶつぶつと文句を垂れながら歩いていると、往来の人々は、そんな姿をじろじろと眦で盗み見ては、こそこそと逃げるように隠れる。
……何よ。この姿がそんなに珍しいかしら?
そんな衆人の態度が、更に美矢実を腹立たせる。
確かに美矢実はこの街で唯一の小袖に袴姿、それでいて後ろで束ねられている、長い白髪。目立つことこの上ないが……それ以上に人々は、腰に携える大きな刀に怯えているのである。
そんな事に一向に気付かない美矢実は、苛立ちをさらに募らせながら、目を尖らせる。それによって衆人は更に怯え、それにまた苛立つ、悪循環。
鉾先は、いちばん身近な綾音へと向かう。
……っていうか、綾音も何してんのよ。昨日は報告を渋ってたし、ちゃんとやってんの? っていうか、仕事やる気あんの? まったく。そんな甘い考えぶら下げてちゃ、旅なんて続けられないわよ? 分かってんの?
……分かっているでしょう? あんたなら。
そうやって不機嫌に歩いていたら、いつの間にやら道を外れ、人通りの少ない、寂れた細い通りへと出た。おや? と首を傾げ、適当に散策する。あまりに何も無いものだから来た道を戻ろうしたが、不図、筋肉隆々の男たちがひそひそと不穏に密談する場面に出くわしてしまった。男たちはそんな彼女を見付けると、忌々しげに眉をひそめ、睨み、脅す。
「何だてめえは。さっさと去りな。ここはてめえなんぞが入ってきていい場所じゃねえぜ」
「あー、すみませんねー、私この街の事知らなくてー」
先程までとは一転、途端ににこにこと対応する美矢実。男たちの顔に笑顔はない。
「さっさと消えろ、無礼た小娘が」
男のうち一人が、どしんと美矢実を蹴り飛ばした。美矢実は力なく倒れ後ろ手をつく。
フンっと鼻で笑う男たちは……一瞬にして、皆同時に顔を引きつらせた。
美矢実を蹴り飛ばした男の額から、威勢良く鮮血が飛び出していた。
美矢実はにたりと口元に笑みを浮かべながら、ゆったりと起き上がる。
「ふふふ……確かにこんな所に迷い込んだ私が悪いけど……手ェ出すのなら、容赦しないわ」
「て、てめえ!!」
男たちが、一斉に躍りかかった。
「ふふふ。そうよね、そうじゃなくちゃ。日長布団でぬくぬくしてるなんて、やっぱり性に合わないわ」
美矢実は嬉しそうに目を三日月状に細め、髪の拘束を解き放った。




