二、『なにやら不穏な空気』
「三田村優香! 三田村優香は居るかッ!! 御用であるッ!!」
十手片手の、揃いの法被を着た役人五人が、小さな家の前で偉そうにがなっている。
「おるのであろうッ!! さっさと出て来いッ!! 〈忠長〉様直々のお呼びであるぞッ!! それでも出て来ぬと申すのなら、小谷の法度に則り、無理矢理にでも踏み入ることとなるぞッ!!」
役人の声は通行人の足を止め、家の前に大きな人だかりを作った。
(……なんなのいきなり)
そこには偶々そこを通りかかった、大きな荷物を背負う美矢実らの姿もあった。眉をひそめる綾音と、対照的に面倒臭げに口をへの字に曲げる美矢実。
そんな衆人どもに役人たちは、
「見るな見るな!!」
と口では言いつつも、注目されていることに優越感を感じているのか、にやにやと薄笑いを浮かべている。
辛抱たまらず、と言う風にその小さな家の遣戸が開けられる。中から、垢抜けた、年頃の、綾音らと同世代くらいの女が出て来た。勝気な顔で五人の役人を端から順番に睨みつける。
「何用でございましょうか。あまり大声を上げられますと、ご近所様にご迷惑になります故」
静かだが怒気のこもった声である。それでも五人の役人はなお小馬鹿にしたようなうすら笑いを浮かべて女を見下ろしている。
「おお、三田村優香か。早速だが用件を申そう。小谷城領主・広尾忠長公の――」
「既に何度もお断りした筈です。私には既に婚約者が御座います。祝言の日取りも決まっております。〈領主様〉の女になど成れません」
「はははは、そんなものどうでもよかろう。何とでもなる。それに、お前の婚約者とかいうのはあの三流医師であろう。あんなものと一緒になった所で何になる」
役人一同、『小娘が偉そうに』とせせら笑う。キッと女の瞳が尖る。
「達也さんは三流医師などではありません。その〈能力〉を人の為に使い、人の手足となっている、立派な方です。あなた方の様に、権力を笠に着て、〈能力〉で人の手足を縛りつけるような人たちとは違いま――」
突然、大砲の弾のようなものが一番若そうな役人の手から出て、ドンッ! と、その女・優香の後ろの遣戸を吹き飛ばした。周りで静観していた衆人は、驚き、竦み、蜘蛛の子を散らしたように一斉に逃げ出す。綾音・美矢実らだけが残される。
その弾を飛ばした若い役人が、手をかざし、優香に照準を合わせる。
「これこそが、俺様の〈能力〉だ。空を掴み、飛ばす。……てめえ、さっきから聞いてりゃいい気になりやがって。〈神々〉に寵愛を受けた俺らに、てめえら〈加護〉の授からなかったゴミが、〈無能力者〉風情が、生意気な口きくんじゃねえぞ。てめえらゴミは、俺達人間様に、ちゃんと導かれなきゃならねえんだよ」
(ん? 神々の寵愛?)
美矢実の頭を擡げる疑問符。と、役人のその言葉に、綾音が、居ても立っても居られず、歯をギュッと食いしばり前へ出る。それを見た美矢実が慌てて、
「止めときなさい。面倒事に首突っ込まない」
と耳元で囁いて、腕を掴んで制す。
先程遣戸を吹き飛ばした若い役人が、そんな綾音の姿に気付いてガンを飛ばす。応えようとする綾音だが、美矢実が腕をやや強引に力強く引っ張って、役人連中に向かってへらへらと笑い掛け必死に誤魔化す。
そこへ、年長の親分格らしい髭面の役人が、
「まあまあ」
と割り込んで場を取り繕う。そしてにやにやとした薄笑いを浮かべ、優香を今一度偉そうに見下ろす。
「なあ、三田村優香。そう意地になって考えるのではないぞ。悪い話ではあるまい。忠長様の側室にでもなれば、お前の所の家族だって安泰だ。……知っておるぞ。お前の母親が、その達也とかいう医師に世話になっておるのだろう? その恩義があるのは分かるが、も少し頭を遣え。忠長様の寵愛を授かれば、お前ら家族全員を貧しさとは無縁のものと出来るのだぞ」
「お金で達也さまを裏切るわけにはなりませんし、私は恩義云々で達也さまと一緒になるのではありません。それに、貧乏など一向に怖くありません」
「……貧乏なめんじゃないわよ」
美矢実が、つい、低い声でぼそりと呟いてしまった。役人の視線が集中する。はっと気付いて、
「何でもありませんよー」
と笑って誤魔化すと、役人共もそれ程暇ではないのか、フンと鼻で笑い、また優香に向き直った。
「なあ、優香よ。何をその達也なぞに固執する謂われがあるのだ。確かに、達也もまた神々のご加護を受けた人間だ。しかしな、忠長様ほどの強力なご加護ではあるまい。あれほどの力、神々に、それはそれは愛されているに違いない。忠長様の寵愛を授かると言う事は、神々の寵愛を授かるのと同じぞ。どうだ、心変わりを――」
「〈能力〉があるかどうかは、ただの偶然でしかありません。神々の寵愛が何だなど、馬鹿げたことです」
脅され続けても依然凛とした優香の、その言葉に、役人共の顔色が一度に打って変わった。
それを素早く察知した綾音。
「ミヤ姉!」
「止しなっての。命までは取られないわよ」
美矢実の厳しい視線が綾音を貫く。綾音の腕をぎゅっと、血が止まる程強く握る。
役人共がまんじりと優香を睨みつけたまま、じりじりにじり寄る。先程までのお茶らけた表情ではない。怒りに満ち満ちている。そして髭面が、
「さっきから勝手な事ばっかほざきやがって。野人が、神々を否定して無事でいられると思うなよ」
と低く呻く様な声で脅す。流石の優香もこれには怯え、唇が震える。
(……ふむ。随分都合のいい宗教観ね。こいつらにとって、この〈能力〉と言うものは神々の恩恵であり、その〈能力〉こそが唯一無二の拠り所なんでしょう。その神様とやらを否定されたとあっちゃ、〈能力者〉たる己の存在そのものを否定されたと同じ事と言うわけね。……お姉さんや、ちょっと無謀だと思うわよ。知らないわよ、私は)
美矢実は熱り立つ綾音を必死に抑えながら、そう冷静に分析していた。
髭面が、黙ったまま優香の首根っこを左手で掴み、右手でギュッと握り拳を作る。すると右手がぼんやりと赤く光る。優香は涙目になりながら、ぎゅっと目を閉じる。
「ハハハ、後悔したってもう遅い。なァに、安心しろ、忠長様のご指名の女だ、キズモノにはしねえ。ただ、ちょっと痛い目に遭って貰わねえと、こちらの気が済まねえんだよ。それに、忠長様に会わせるんだ。そのでけえ口を矯正しとかねえと――」
と、言葉が急に途切れ、優香を掴んでいた手が放された。優香はどさりと地に落ち、立つ力もなくふにゃりとへたり込んだ。一体何が起こったのか? 地面には血に滲んだ拳大の石ころが転がっており、顔を上げると、鼻血を出した役人の姿があった。
「貴様ァ!!」
涙目で鼻を抑えながら怒り震える髭面の視線の先には、一人の子供の姿。
「凜!」
優香が叫んだ。




