七、『なにこの会話ぱーと2』
城内。リコはシックなドレスを着て、ハイヒールをコツコツと鳴らし、とある一室のドアの前に止まった。そして、億劫そうに溜息を一つついて、カンカンとドアをノックした。
「どうぞ、入りなさい」
中から女の声。リコはがたりと戸を開ける。中には女が三人。ひらひらのスカートを着たすらりと背の高い、椅子に座りユカリと、相変わらずの男装じみた、安定感抜群の体格で腕を堂々と組んで壁に凭れるコズエと、リコ同様シックなドレスを着て、やせ細った、目の下に隈をつけた、病的な印象を受ける女の三人である。
「リコ!!」
その病的な女は、いきなりリコに走り寄り抱きついて、ぼろぼろと涙を流し始めた。
「リコ、大変だったでしょう、怖かったでしょう。無事で、本当に本当に良かった」
「アイ姉さま。……心配して下さってありがとうございます。わたくし、リコの体には傷一つありません。どうかご安心ください。お姉さま方の心を傷めるのはわたくしの本意ではございません」
と言って、リコはしっかりとした笑みを、その病的な女・アイに向けた。アイは子供のように頷いて、安心したように明るい笑みを浮かべ、涙を拭いた。
しかしコズエは、リコの気丈な笑みの裏に隠された、陰った瞳に気付いていた。
「リコ……。すまない。私がちゃんと屋敷内の不穏な動きに気付いていればこんなことにはならなかったのに」
「そんな、コズエ姉さまの所為などではありません。コズエ姉さまはご多忙の中、十分すぎる程わたくしの事を気にかけて下さっています。どうか、国の将来を一番にお考えになさってください。わたくしの事などで気を揉む必要など、ございません」
「いや、銃だけではなく、まさか爆弾まで持っていたとは。両方とも、軍内部でさえも簡単に扱えぬよう規制されている品だ。みすみす賊どもの手に渡すとは……。管理不行き届きだ」
「あ、いえ……」
リコは、『侵入してきたコソ泥に何故か助けられて、爆弾はその人が使った』とは流石に報告できず、特に問題なさそうだったので、綾音の事は秘密にしてあった。
……あの人は、私の事を助けてくれたわけだよね。理由は分からないけど。なのに最後、酷い事しちゃったな。どうか、もう一度だけでも会えないかな。
などと思っていると不自然な間が出来た。それをどう解釈したのか、コズエはリコの頭をぽんぽんと撫でるように優しく叩いて、
「不安だろうし、安心しろと言っても無理な話だが、しかし何としても首謀者は捕まえ、締め上げる。決して、賊どもの好きにはさせんさ」
と励ました。リコは、闘争心剥き出しのコズエを逆になだめるように、眉を八の字にして、
「いえ、どうかわたくし個人の事などより、国の事を第一にお考えになって下さい」
と言った。そんな微笑ましい二人の会話に割り入って、ユカリが意地悪そうな顔つきで、
「まあ、あんたは大丈夫でしょうね。あれだけ強力な〈能力〉があるのだから」
と、ティーカップ片手にふんぞり返る。
「……」
リコは何も言い返す事が出来なかった。黙りこくるリコに、構わず楽しそうに言葉を続ける。
「そうよ、何も心配いらないわ。大袈裟よあなたたち。知っているでしょう、リコの〈能力〉を。いざとなれば、襲いかかってきた男どもを全員惑わせて、酔わせてしまえばいいのよ。その〈能力〉と、その瑞々しい体を上手く使えば、男どもを傀儡にし、自在に操ることだって可能だわ。……この国の女王にぴったりじゃない。ねえ、アイ、あなたもそう思わない?」
「もう、そんな意地悪ばっか言っちゃ駄目よユカリ」
アイは困ったように優しくユカリをたしなめた。リコは俯いてじっと押し黙っている。コズエは力強い握り拳をぎゅっと握った。
「止さないか、ユカリ。リコにその気はない。それに今のリコではそんな事は不可能だ」
「あら? そんな筈はないでしょう。ふふふ、みんな知っているじゃない。リコが今までにしてきた事を。この子がどれだけの男を惑わし、たぶらかせ、人生を狂わせてきたか。知らない筈がないじゃない。……父親さえも、その例外ではないわ」
ユカリはさも愉快そうに笑う。
リコの体が揺れる。心臓が抉られた心地がして、呼吸が浅くなり、苦しくなって前屈みになる。顔に体中の血が上るのが分かる。全身が硬直して動かせなくなって、なのに腰の力が抜けて立っていられなくなる。それでも、歯を食いしばってそれをとどめる。
コズエは握った拳を振り上げる。
「貴様ァ!!」
「お姉さま、ごめんなさい。気分がすぐれないので、今日はこれで帰らせて貰います」
コズエの拳がユカリに届く前に、力を振り絞って、全身全霊で震える体を抑えつけ、か細いながらもしっかりと届く声を発した。結局コズエの拳は中途で止まってしまった。リコは、
「王位継承順位の比較的低いわたくしでさえ、このように命を狙われています。お姉さま方も、どうかお気をつけて」
と言って、俯いたまま振り返り、顔も見せずにその場を立ち去った。
その後姿を、アイは悲しげな視線で送り、コズエはやるせない表情で見送った。
そしてコズエはぎろりと大きな瞳でユカリを睨みつけた。ユカリは既にティーカップを置き立ち上がり、コツコツとハイヒールを快活にならしながらドアに向かっていて、コズエからは十歩以上も離れていた。コズエはその後姿に、
「……お前がどう思っているか知らぬが、あれは全て、己の力を理解していなかった故の事故なのだ。あれによって、リコ自身がどれ程傷ついたというのか」
と低くどすの利いた声で脅すように浴びせかけた。
「他人の人生を狂わせておいて知らなかったですむものかしらね。どうかしら。……それに、清純そうな顔して、裏で何やってるかなんて、分かったもんじゃないわよ」
「止めんか!! お前に己の〈能力〉を自らで御せぬ苦しみが分かるか!! 己の体でありながら己の意思とは裏腹に動き、他人を傷つけるその苦しみが、お前に分かる筈がないだろうが!!」
コズエの言葉にユカリは振り向いてにやりと笑い、やけに抑揚をつけた声で、
「そうですわね。私のような〈無能力者〉には、何一つ分かったものではありません。……さて、それでは私も帰らせてもらいます」
と肩をすくめ、ドアを開け出ていった。
「……ふん、奴隷の子、〈無能力者〉風情が。同じ腹から生まれたと考えるだけでおぞましい」
コズエは忌々しく吐き捨てた。
「駄目よ、そんなこと言っちゃ。私達は姉妹じゃない。それなのに、こんな風にいがみ合っていては悲しいわ。どうか、仲良くできるよう、努力だけはしてちょうだい。ね?」
アイは姉らしくコズエをたしなめ、なだめた。コズエは困ったように眉を八の字にして、やがて、
「分かりました」
とだけ短く答えた。そして、
「では、私は仕事に戻ります。少し残っているので」
と言って部屋を後にした。アイはそれを笑顔で見送った。
部屋の中はアイひとりになった。……すると、いきなりティーカップを振り上げて、地面に思い切り叩きつけた。石床に叩きつけられたそれは、ガシンと威勢よく音を立てて割れた。
「……しぶとい奴め」
アイは肩で息をしていた。隈の濃い瞳をいっぱいに見開き、猜疑に満ち満ちた瞳で、三人が過ぎ去ったドアをねめつけた。
「私の事を、馬鹿にしている癖に……私の事を、疎ましく思っている癖に……私の事を、邪魔ものだと思っている癖に……嘘つきで、ふてぶてしくて、卑怯なやつらめ……」
延々、ぶつぶつと、うなされたように呻いていた。




