六、『なにこの会話』
綾音と美矢実は長机に座り、ソーセージを使ったポトフと、ニシンを揚げて酢に漬けたエスカベッシュを食べている。因みにナイフやフォークの使用に二人とも苦はないようである。
美味しそうに食べる綾音を、ミエは顔を皺くちゃにして満足そうに見つめている。
「綾音君、こんな新鮮なニシンを買ってきてくれてありがとうね。あたしゃ嬉しいよ」
「いえいえ、朝も申しましたけど、少し長い間お世話になるわけですから、これくらい当然ですよ。それに息子さんに美味しく料理していただいて、こっちが悪いくらいです」
ミエは嬉しそうに目を細める。
「まったく、あんたはいい子だねえ! あたしにも、孫たちのひとりに、あんたより年かさの放蕩者がいるんだがね、まったく、なかなか帰ってきやしないし、帰って来たと思ったらすぐ出て行っちまうし、困ったもんだよ。……まあ、血が繋がっていてもなかなかうまくはいかないみたいだけどね」
ミエは溜息をついて、ちらりと美矢実の方を見た。
美矢実は目を逸らし、綾音をぎろりと睨みつけた。
「……綾音、あんた憶えてなさいよ」
「え、僕が悪いの?」
ふん、とそっぽを向くと、ぼさぼさの白髪が躍った。
美矢実は不機嫌そうに口を尖らせ、襦袢姿でベッドに寝転んだ。綾音も美矢実と同じ部屋に入って、苦笑しながら傍らの椅子に座った。
「ミヤ姉、いい加減機嫌直してよ。僕もお金はちゃんと節約するようにするからさ」
「つーん」
「……いくらなんでも、昼ごはんの後にも寝ちゃうのはどうかと思う」
「……あのババア、チクリおったな」
枕にぼふんと顔を埋めて悪態をつき、そしてじとっとした視線を綾音に向けた。
「ま、いい子ちゃんだと思われるのはそんなに悪くないわ。老人の目を盗んで味の濃い野菜を姉に押し付けるような奴だなんて分かったら、『無礼者、即刻ここから出ていきやがれ!』なんて言われかねないものね」
「う!!」
美矢実のこの言葉は本当で、綾音は苦手なニンジンなどの青物などを、ミエに気付かれないように、音もなく美矢実の皿に乗せていたのである。美矢実はいつもの事だと思いながら気にせず食べていた。
「……いい加減、少しずつでいいから食べられるようになりなさいね?」
「う、うん。善処します……」
美矢実に親のようにたしなめられた綾音は、悄然としながらも、今すべきことを思い出し、顔をキッと整えた。
先ず綾音はこの街の事を説明した。女王制且つ階級制で、女性上位社会。実力主義で、〈無能力者〉は冷遇されている。これらを簡素で的確に美矢実に話した。
美矢実はそれを終始興味なさげに聞いていた。
「ふーん。ま、やっぱり所詮はどこもおんなじようなものね。初め、珍しい街だと思っていても、旅をするうちに同じような街はいくらでも現れる。まったく、旅をする意味なんて、あるのかしらね」
「……」
美矢実の、核心をつくような物言いに、綾音は何も答えられずに黙り込んでしまった。しかし美矢実は特にそれを気にしていないように、枕から顔を離し目を綾音に向けて、
「で? 大事なのはそんなんじゃないわ。分かっているでしょうけど。あんたのお眼鏡にかなうような悪人はいたかしら?」
と聞いた。
「あ、えーっと……」
綾音は目を逸らして、無意味に眼鏡の位置を直した。
「……綾音。あんた一日中何をしていたの? もしかしてずっとほっつき歩いていただけじゃないでしょうね?」
美矢実は真ん丸の目を細めて、非難するような視線で綾音を睨みつけた。
「あ、いや、そんなんじゃないけど……」
「そんなんじゃないけど、何? 帰りは意外と遅くなったわよね?」
「えっと、ちゃんと家を見て、ちょっと大きい家があったから侵入したんだけど」
「で?」
「あの、その……僕らと同じくらいの歳の女の人がいたんだけど……」
「で?」
「……武装した男達が侵入してきて……」
「…………で?」
「……流れで助けてたら、遅くなりました」
「……」
美矢実は枕に顔をぼふんと落とし、だらんと手足の力を抜き、
「はぁ~~」
と、嫌みな程大きい溜息をついた。綾音は椅子に座ったまま縮こまってしまっている。
「あのねー、これ何度も言うけどねー、私達はねー、義賊じゃないのよー、ただの泥棒なのよー。人助けする為に旅してんじゃないのよー、それ分かってんのー?」
「……はい。分かっております」
「……はぁ、もう、力抜けた。……で、『流れで助けた』って、一体どんな流れがあったのよ」
「えっと……お城の近くに大きな屋敷があって、えっと……」
……あれ? どう言えばいいんだろう。うーん、ちょっと整理しよう。先ず屋敷を見付けて、侵入して、物色して、ピアの音が聞こえて、女の人がいて、ぼーっとしてて……。
……『見惚れててばれちゃったから仕方なく』とか? どうしよ、こんなの、言えない。
綾音は顎に手を当てたまま固まってしまった。
そんな綾音を見て、美矢実は何かを察したのか、じとっとした目でねめつけて、
「女が抱きたいのなら、金で縁が切れる女にしときなさいね」
と言った。綾音は顔を真っ赤にして立ち上がり、
「そんなんじゃないから! 決して! 単に放っておけなかっただけで!」
と熱り立ち全力で否定した。しかし美矢実はそれを聞いていない風に、
「ま、マイ姉の受け売りだけどね。私も面倒なのに巻き込まれるの嫌だから」
「だ、だからそんなんじゃなくって……」
「もういいわ、疲れた。さっさと寝なさい。また明日調べればいいわ」
顔を枕に埋めたまま、腕を伸ばし手で「しっし」というジェスチャーを綾音に向けた。綾音は何かしら言い返したかったが、いい言い訳を何も思いつかなかったので、諦めて、顔を真っ赤にしたまま、
「おやすみ」
と言ってドアに向かった。
「まー、一日中寝てたから眠れそうにないけどね~」
「……」
美矢実の返事を聞いて、力が抜けて肩を落とし深い溜息をついた。そして、不図、思い付いたように振り向いて、
「ねえ、ミヤ姉は金で縁が切れる人?」
と聞いた。美矢実は顔を上げて、
「んなわけないでしょ。地獄までも追いかけてやるわ」
とさも当然という風に答えた。そして面倒そうに起き上がる。
「何? あんた私と付き合いたいわけ?」
「え、無理」
即答。
ノータイムの骨髄反射に、部屋の空気が一瞬にして凍る。
「……最近、あんたと鍛錬してないわね。近いうちにやりましょう。しっかりと鍛えてあげる」
美矢実はにっこりと笑顔を作ったが、目だけは寸分も笑っていない。
……何であんな事聞いたんだ。後悔先に立たず。綾音はぎくしゃくと手足を動かして、
「お、おお、おやすみなさい」
と言って、今まで受けた修行の数々を頭に浮かべ、体を震わせながら、部屋を後にした。




