四、『大人ってなんか怖い』
大聖堂のように大きな広間。高く半球上の天井には、幼児を抱きあげる、羽の生えた女性性を持った乳房の大きい天使が描かれており、それを支えるように、筋肉隆々で男性的な天使が、柱に幾つも精巧に飾り彫られていた。その広間には、兜をかぶり槍を携えた、何人もの筋肉隆々な男達が配置されており、この芸術品と同様、その玉座には、泰然と座る女性がいた。
この女性こそ、令名高き女王・カナ。この国を統べる頂点である。
この国では普通である褐色の肌は、五十を超えても張りがあり、茶髪のショートヘアには金色の蛇のように曲がりくねった髪飾りがゴテゴテと配置されており、身長は低いが、どっしりとした体つきと、その体を纏うド派手な服とスカートと、その大きな両の眼は、安定感と、威圧さえも感じさせる。
「――と申した通り、川の氾濫の件は、雨期に入る前に対処せねばなりません。早急の工事計画作成・工費試算の必要があるわけございます」
その女王・カナに向かって、淡々と報告をする女・コズエ。カナと同様の体形だが、身長は男のように大きい。それでいて、この国には珍しく女でもズボンを穿いている。カナと比べれば、遥かに簡素。何よりこのコズエ、王位継承順位・二位。カナの実の娘である。
カナは、コズエのしっかりとした物言いに、大仰に頷く。
「分かりました。近日中に対策班を作成してください。人選は卿に全て任せます」
「では、これが最後の報告となりますが……どうか、お人払いを願います」
「……分かりました。では、下がりなさい」
カナは護衛の兵士に号令した。兵士たちは素直に部屋を出た。全員の退出を確認すると、コズエは声を低くして、
「リコが、屋敷にて何者かに狙われました。リコ自身には怪我はありませんでしたが……」
と伝えた。カナは眉をひそめる。
「またですか……。今年に入ってから三度目でしょう」
コズエも眉をひそめる。
実の所、報告していないレベルの襲撃は、それ以上に発生していた。その全てを、リコ自身が撃退しており、『母には迷惑をかけたくありません』と内密にするよう求めていたのだ。
つまり、リコはカナの娘であり、次期女王候補の一人なのである。……ただ彼女の場合は、少し複雑な事情がある。
「はい。リコに実力があったからよかったものを……。何としても首謀犯を見付けねばなりますまい。捕まえて、民衆の前で断罪されるさまを、晒し、我らが力を見せつけねばなりません」
コズエは大きな目を更に大きく見開いた。カナはそんなコズエをたしなめるように、
「止しなさい。恐怖による統制など永くは続きません。……コズエ、あなたはもう少し人の心の操り方を勉強なさい」
と親しみを込めて注意した。
「……御意」
コズエは頭を下げた。
このコズエ、好戦的な性格で血の気が多く、一般民衆に対し見下した態度を取る傾向がある。コズエには三人の夫がいるが、全てが軍人である。政治力が高く信頼も厚く、国外との交友関係も広いコズエに、カナの唯一の欠点として認めている所である。
「ともかく、今民衆に無用な心配をかけるのは得策とは言えません」
「……しかしお言葉ですが、このまま弱腰な態度を取って、国賊を前にひたすら静観するようであれば、みすみす敵方に、我ら脆弱・腰抜けと見做され、愚か者どもに無用な争心を植え付けることになりかねません。そうなる前に我らが強大なる武力を以ってその力量差を――」
「控えなさい」
カナは、優しい声でゆっくりとコズエの言葉を遮り、鋭い眼光で睨みつけた。コズエは背中を冷や汗が通る程に気圧されて、すぐさま頭を下げた。カナは続ける。
「コズエ、頭を冷やしなさい。これが外部の何者かの犯行だと? 国賊の脅しであると? ……違うでしょう? これはそんなものではありません。もっと下らない、もっと汚らしい問題です。これは我々自身の問題です。我々自身の、家督騒動が事件の端を発しているのです。こんなことを公衆に見せつけて御覧なさい。同時に我々の狂態すら晒す事になりましょう。我慢なさい。泰然としていなさい。我らは、『凡愚なる民衆』を、この手で導く立場にあるのです」
「……御意」
コズエはもう一度頭を下げた。




