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あるだけ盗め!  作者: けら をばな
第二章・闇に照らされて盗め
22/43

三、『とりあえずバトル』

 先ずは、城の近くの大きな屋敷に目をつける。白い石製の柱は、複雑に組み合わせて作ったアーチを頑丈に支えている。窓には贅沢に硝子が多用されている。そのごつごつと硬そうな質感は、地震が来ても大丈夫なのかな、などと綾音に無用な心配をさせた。

 こんな大きな家に住んでいるんだったら、悪い奴に違いない。

 と取り敢えずそうやって決めつけて、未だ陽の高いうちから、茂みに隠れ、音を消しながら潜入する。ちらりと硝子越しに内部を見る。赤く模様の複雑な絨毯や、これまた複雑な、神話を再現したような模様を彫り込んだ家具が見えた。贅をこらした数々である。

 しかし、どうにもおかしいな。こんなにも広いのに、人の気配があまりしない。ああそうか、富を独占してるってことだね? なら、盗んでもいっか。むしろ盗むべきか。

 ……うーん、路銀が厳しいからって、ちょっと強引過ぎるな。もうちょっと探ろう。

 そうやって自制していると、不図ぽろんぽろんと聞き慣れない音が聞こえた。調律された、うなりの無い澄んだ心地よい音が、速くなったり遅くなったり、ポロンポロンと弾んだり、トゥロロロロロと流れたりして、綾音の耳に届いた。

 えーっと、これは、前に聞いたことがある。なんていう楽器だっけな。……あ、そうだ、ピアノだ。凄いよねこの楽器。ひとりで、十本の指で一度に違う音を一遍に出せて、こういう風に綺麗な音で、少し寂しげで……。

 綾音は静かに、その奏でる音符に引き寄せられるようにのこのこと歩いた。

 茂みに隠れながら、そのピアノを奏でる部屋を、窓の外から覗いた。

 ピアノを弾いているのは……女だ。

 純白で、ひらひらのドレスを着て、花を優しく手折るように、優雅に音を紡いでいる。黒く長い髪は三つ編みにし、腰のあたりまで伸ばしてあり左右にゆらゆらと揺れている。後ろ姿しか見止められないが、お嬢様なんだろうというのは、その纏う雰囲気だけで分かる。

 ピアノの腕は……上手い、んだろうな。聞き慣れないから判断できないけど。

 でも、ずっと聞いていたいとは思う。体に自然に染み入る感じがして、心地よい。それに、自在で、自由だ。凄い。綺麗で、優しくて、不思議な匂いがして……。

 ん? 匂い?

 ピアノの音が、中途で不図、止んだ。そして、一本のナイフが飛んできた。それは硝子を突き破り、猛スピードで茂みに隠れる綾音に向かってきた。

「うおわっ!?」

 綾音は素早く身をひるがえし、仰け反り、それを避けた。ナイフは綾音の後ろのポプラの木に、タンと突き刺さった。

「そこにいるのは分かっています、出てきなさい!!」

 明朗な、女の高い声が届いた。

 どうしてばれた!? 音は一切消していたし、油断していたとはいえ、ちゃんと死角を歩いてきたのに!!

 綾音は、ナイフを避けた時にずれた眼鏡を急いで直し、女の姿を見る。

 顔と、純白のドレスの裾の先から見える肌は褐色。くっきりとした顔立ちで、それでいて目は流れるような切れ長で、少々きつそうな印象を受けるが、大きく丸い眼鏡がそれを和らげていて、それでいて唇はぷっくりとしていて愛らしい。

 そして、背は平均より少し小さめなのにも関わらず、胸が、大きい。

 その立ち姿に、綾音は、つい見惚れてしまった。

 女はそんな綾音に訝しげな視線を投げかける。

「あなたは、何が目的ですか? ……私を殺しにでも来たと?」

「コロ……ッ!? い、いやいやいやいや! 滅相もない!! 僕は決して怪しいものではありません! ただの旅の者ですからッ!!」

「……他人の庭に勝手に侵入してきて、決して怪しいものではないと?」

「あー、いやーあのー、そうじゃなくてですねー」

 女の鋭く尖る眼光が、美矢実の肌に冷気と共に突き刺さる。

 ヤバい。この人、それなりにできる。なめてかかるとこっちが危うい。逃げ出そうにも、あのナイフさばきは相当だ。だからと言って、何もしていない人を殺したくはないし。

 うー、参ったな……どうにか場を誤魔化せるような出来事が起こらないかな……。

 いやいや、そんな都合のいい事、――

 部屋のドアの向こうから、殺気。

 窓に乗り出して、懐の手裏剣を投擲。ドガン! とドアを蹴破って侵入してきた、剥き身の刀剣片手の男の脳天に、綾音の手裏剣が、喉元に、女の投げたナイフが命中。入った途端、何も言わず絶命。ばたりと前のめりに倒れると、手裏剣とナイフの両方がぐさりと更に深くめり込む。

 女と綾音、目を丸くし、驚いたようにぱちくりと瞬いて視線を合わせる。しかし、次いで両手に大きな剣を持った男が躍り出てくると、二人キッと目を尖らせ、左右にとび跳ねて散らばった。

 綾音はソファーの裏に、女は大胆にも壁際の机を引き倒して、それを楯にした。そして二人同時に手裏剣三枚・ナイフ二本をそれぞれ投擲。二人とも、『よく分からないが共同戦線だ』という理解で動いている。

 敵(?)の男は、その投擲物に良い反応を示したものの、避けきれず、体にそれを受けた。

 しかし致命傷は避けられた。逆上した男は、何故か綾音の方を睨み、その両手に持つ二刀を掲げて飛び込んで、ソファーにそれを叩きつけた。

 すると、二本の剣で縦に切られた筈のソファーは、縦横にびっしりと亀裂が入り、采の目に細かく切り刻まれてしまった。

「あらら、こりゃまた、おっかないんだから」

 綾音は当然避けていて、小太刀両手に、大男の傍らに前傾姿勢で構えていた。大男が剣を振り下ろす。その剣の軌道に続いて、格子状の糸のようなものがきらりきらりと光る。

 一度でも技を見せてくれたのは嬉しい。多分、あれに当たっても危険だ。綾音は片手で側転跳び。なるべく大きく避ける。しかし男もどうやら手練。素早く(ふた)振り()振りと続けざまに攻撃を仕掛ける。そうなると、綾音も防御一辺倒。反撃の暇がない。

 女が後ろから、ナイフを投擲。それに気付いた大男はびゅんと背中のあたりを空振りすると、見事にナイフがパキンと采の目になって、落ちる。綾音は感嘆の声を上げる。

「あー、これ、結構しんどそうだな」

「何やってるの! あなた、さっさと逃げなさい! どうせただの泥棒なんでしょ!?」

 瞳を怒らせた女の怒号が石壁に反射する。綾音は眉をひそめ、口をへの字に曲げる。

「うーん、ごめん。女の人にそんなこと言われても、足動きそうにないや」

「何言ってんのよ馬鹿! 死にたいの!?」

 そんな言い合いの最中、大男は、絨毯を引っ張って、女の足を掬う。

「きゃっ!」

 この女の運動神経ならどうにか出来そうなものだったが、ハイヒールを履いていたせいか、体が少し傾くと、耐えられなくなってどしんと尻もちをついてしまった。

 男はすかさず女に向かって飛び込んだ。

 不味い――ッ!!

 綾音も走った。女はナイフを投擲。大男が剣を振るうと、ナイフは微塵に砕け散る。

 綾音は、手裏剣を両手に二枚ずつ、時間差で投擲。大男は両手の剣で、タイミングを合わせ落とす。その時に、足がきゅっと止まる。結果、綾音が大男よりも速く女に到達し、女をさっと抱きあげる。――しかしまだ終わったわけではない。女を抱えたせいで動きが鈍った。大男は体に似合わず速い。追い付かれる事、必至。

 ……前にもこんなことあったな。まあいいや。

 するとどうしたことか、綾音は女を抱えたまま家具の裏に隠れ、女と共に床に伏せた。こんな事をした所で逃げたことにはならない。

 大男はにやにやと笑みを浮かべて、勝利を確信したのか、のしのしと、それでいてじりじりと二人の許へ歩み寄る。流石に泥棒と心中するのは嫌な女は、

「なにをやってんの!!」

 と叫んだ。……が、それは空気を震わせることはなかった。代わりに綾音は、

「放て!!」

 と意味不明な言葉を叫んだ。その言葉は、確かに石壁に反射し、部屋内部に共振した。

 どういう事?

 部屋内部の一切の音が、消えていた。女は家具の裏から頭を出す。

 すると、銃痕を体中に受けた大男が、血を吐いて倒れていて、その後ろのドアには、目を丸くして唖然とそれを眺める、マスケット銃を装備した五六人の男の姿があった。

「まだ駄目!!」

 綾音は女を引き寄せて、抱き締める。

 閃光。音もなく爆発。屋敷全体を震わせる。マスケット銃を装備した男達は、その爆風の餌食となった。

 ――綾音は、この激しい戦闘の最中、その地獄耳で、足音から後続が来る事をいち早く察知し、会話の内容からそれが敵で、ジジジと燃える火縄と火種の音から、装備が火縄式のマスケット銃である事までも分かっていた。

 そして、それらの音を大男には聞こえないようにして(この女の人には聞こえるようにしていたのだけど、言い争いとかで聞こえなかったのかな?)、部屋に入って来たと同時に音を全て消し、放て、とそれだけは聞こえるようにして叫んだ。

 よく統制された者たちだったのだろう、無音の中で唯一耳に入ってきた命令に、侵入者たちは条件反射で引き金を引いた。と同時に綾音は、火をつけた火薬玉も投げつけた。

 ま、こんなにうまく行くとも思ってなかったけどね。

 そう思いながら、片手に持った目潰しをしまった。大男の足の裏には、サンダル越しに(まき)(びし)が刺さっていた。それには痺れ薬が塗ってあり、そのせいで大男の顔は真っ青で、口から泡を吹いていた。……終いには、頭上のシャンデリアが大男の死体にドシャンと落ちて来た。

 上手くいかなかったときの二手三手先は、既に用意してあった。

「ふう、これで終いみたいだね。大丈夫だった?」

 綾音は笑顔を作って、抱き抱える女を安心させるように声をかけた。……女からは反応がない。おや? と思いながら首を傾がせ覗き込むと、女は青い顔で歯をカチカチと言わせていた。

 震える体の振動が、綾音にまで伝わっていた。そして、

「嫌―――――――ッ!!」

 と耳を劈かんばかりに叫び、綾音を蹴り飛ばした。

「ぎゃふ!?」

 咄嗟の事で防御姿勢をとれなかった綾音はしばらく宙に浮いて、どすんと床に叩きつけられる。

「いつつつつつつ……。ど、どうしたのさ!?」

 見ると、女は体を丸めて縮こまり、胎児姿勢で体をがくがくと震わせていた。そしてその頬を伝う、きらりと光る何か。

 ……涙?

「〈リコ〉お嬢様!! どうなさいましたか!? 何があったのですか!?」

 使用人らしきものの女の声と足音がこちらに向かって近付いて来る。

 ああ、この人は〈リコ〉って言うのか。なんて呑気に考えている場合じゃない。こうなると逃げるしかない。躊躇いつつも、窓枠に足をかけ、

「……さよなら」

 後ろ髪を引かれる思いで、部屋を飛び出した。

 ……その時、褐色の、額に傷のあるスキンヘッドの男が、屋根を伝って走り、シュタッとその屋敷の茂みに着地し、その綾音の姿を、鋭い眼光で睨みつけていた。


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