二、『街の常識非常識』
綾音はひとり、広場の噴水の前で篠笛を吹いている。
『狐の種まき』
本来は神楽の囃子であり、奉納すべき神はおらず、道理を外れ、舞いも無く、太鼓も無く、物淋しいものであったが、しかし衆人の目を集め耳を傾けさせるのには十分であった。
その笛の寂しげで微妙な音色と綾音の袴姿とは、ここいらでは物珍しく、始め忙しなく動き回っていた人々は、耳と目の両方を奪われて、一人、また一人とついつい足を止めて、終いには大盛況となった。
「フルートのようだが」「吹き方がどうにも違う」「あんな震えて、あんなに不安定で」「音程がちぐはぐでは?」「それが新鮮だ」
衆人が思い思い活発に議論し合っていたが、それもやがて、止んだ。
綾音が吹き終わり、笛から口を離すと、拍手喝采、おひねりが宙を飛んだ。
綾音は、演奏についつい熱中してしまい、これ程まで人が集まっていたとは気付いていなかった為にびっくりして、唖然とその光景を見守っていた。ようやく我に返って、歳相応に恥ずかしそうにぺこりと頭を下げた。注目されることには慣れていない為(自分から目立っていたくせに)、そそくさとお金を拾って帰ってしまおうかと思ったが、或る男が、
「やあやあ、あんたは旅のものかい?」
と親しげに声をかけて来た。それで、まあいいや、序にここがどんな所かとかも聞いてしまおう。と思い直し、営業スマイルを作って、
「その通りです。東の果てから参り、数多くの街を、人々を見てきましたが……これ程まで豊かな街はありませんでした」
と答えた。男は満足げに頷き、
「ああ、そうだろうそうだろう。一時期不作とかで危うくなった時があったが、現女王・カナ様が就いてから、その〈時期を知る〉という〈能力〉のお陰で、このように持ち直したってわけだ」
「ああ、女王様の凄い所はそれだけじゃない。女王様は、血統主義に異を唱えてな、より役に立ちそうな〈能力者〉を重用して、適材適所に配置した。カナ様は正に変革を起こしたのだ」
インテリ風の若い男も口を挟んだ。直人はにこにこしたまま、
「〈能力者〉が一丸となって街を復興させたと。成程、それはいい事ですね」
と言った。すると筋肉質の男が前に出て酒焼けしたようなしゃがれた声で、
「おう、その通りよ。この街はな、〈能力者〉が作り上げ、〈能力者〉が守り続けたんだ。……その幸福を、〈無能力者〉どもが一緒になって享受しやがって、許せねえよ。〈無能力者〉は、〈能力者〉の百分の一の仕事も出来ねえし、言われた事も満足に出来ねえで、生きてるだけで迷惑だ。女は抱けるだけまだましだが、使えねえ男はゴミ以下だ」
と忌々しく吐き捨てた。周りの者はその言葉を特に否定するわけでなく、むしろそうだそうだと囃し立てていた。綾音はその騒ぎの中心で、
「あー、そーですかー、そーですよねー」
と精一杯同意し、営業スマイルを固持していた。
その後、様々な事を聞いた。この国が女王制である事、階級制である事、基本的に女性上位である事、身分の高い女性は一妻多夫が多いとの事。
そして何より、極端な実力主義であるという事。〈能力者〉が全ての実権を握っていて、〈無能力者〉は冷遇されている(ほぼ奴隷と言ってもいい)と言う事。
礼を言って噴水から離れた後、とぼとぼと人気のない通りを歩きながら、深い深い溜息をついた。
〈無能力者〉はゴミ以下、か。……やっぱり、こんなに豊かな国でも、理想とは程遠いわけだよなぁ。天候がなかなか厳しそうな場所だったし、あんまり期待していたわけでもないけど。
うーん……やっぱり、『〈能力〉の有無に係わらず、頑張る人も頑張らない人も、才能のある人もない人も、皆がそれなりに生きられる国』なんて、存在しないのかなぁ。
甘過ぎるのかなぁ。きっとミヤ姉にもマイ姉にも、そう言われるんだろうけど。
「……まあ、いっか。それはそれで、盗みが捗るってもんだし」
ぴたりと足を止め、誰の視線も感じないのを確認すると、にやりと笑い、ぴゃっと地を蹴って音もなく跳んだ。




