十五、『いざ、勝負!!』
跳んできた忠長に対し綾音は、手裏剣をピュッと投げつけ、半径五メートルを避け、地を舐めるように低姿勢で走り、凜を攫い右脇に抱え、距離を取った。
「チッ、ちょこまかと小賢しいッ!!」
忠長はすぐに方向転換をして、もう一度蛙のようにぴょいんと跳んだ。
「まったく、あんたもね!! 僕も素早さには自信があるんだけど!!」
綾音は眉をひそめて必死に走るが、忠長が予想以上に素早いのと、綾音が凜を抱えているせいで、間合いが一気に詰められる。その距離、正に忠長の間合い、五メートルにまで届く。
綾音は小太刀を取り出し左手に持ち、覚悟を決めて、空中の忠長向かって特攻。
「ヌウッ!?」
距離を詰めれば逃げるであろうと高を括っていた忠長は、一瞬虚を突かれる。小太刀の刃が喉元に迫る。
「死ねッ!!」
しかし、
「小癪なッ! この小田城領主・忠長を見くびるなッ!!」
見事小太刀の刃は焼き切られ、忠長の首をスカッと空振りして、二人(+抱えられた一人)は交錯した。行き違う瞬間、忠長の視線が、綾音の左腕を捉える。左手からジリジリと音がして、熱が激痛となって襲う。
「ぐッ! 吹っ飛べ糞爺ィッ!!」
綾音は咄嗟に忠長を蹴り飛ばす。忠長は、蹴り飛ばされながらも、宙で一回転して、優雅に着地。綾音は左肩の熱さ・痛みに耐えながらも、凜を必死に抱え続ける。結果、右足をついて、少々不格好な着地になる。しかし、十メートル近く距離は取れた。左肩から肉の焼け焦げた臭いをさせながらも、安堵の溜息。
しかし予断は許されない。逃げ延びた先が悪かった。綾音たちは部屋の門に追い込まれた。つまり忠長の右か左かを通らなければ、この窮地は脱出できない。いや、右か左かではなく、どう突破するかが問題だ。忠長はにやにやとしたいやらしい笑みを浮かべじりじりと近付いて来る。
凜は、綾音の苦渋の表情と、ぷすぷすと煙と異臭を出すその左肩を見て、
「お兄ちゃん……僕の事はもういいから、せめてお兄ちゃんだけでも!!」
と涙を浮かべながら、何ともいじらしい事を言い出す。
「そーゆーのはね、もっと大きくなってから言いなさい」
綾音は苦笑しつつ頭を撫でてたしなめる。一旦凜を床に置き、綾音は懐から火薬玉を取り出し、左手に持ち、右手でマッチ(初めて見た時はこんな便利なものがあったのか! と感動した綾音であった)を擦り、導火線に火を付けて、
「燃やしてみろよッ!」
忠長向かって投げつけた。しかし忠長は動じない。忠長がキッと火薬玉をひと睨みすると、ジジジと断末魔を上げて、導火線の火が一瞬で消えてしまった。
(……え、聞いてないぞ)
忠長の〈能力〉は、〈火を自在に操ること〉であり、〈自然発火〉はその一種に過ぎない。
(……考えろ、綾音、考えるんだ。どうする、どうすればいい?)
忠長は依然じりじりと詰めよって来る。凜が不安げに顔を上げる。その視線の先にある綾音の頭の中では、この短い間の対忠長戦を思い返し、フル回転して弱点を探っている。
不図、始めの手裏剣を四枚投げた時の反応を思い出し、あることを思いつく。上手くいくかどうか分からないが、戸惑っている場合でもない。
目潰しを懐から取り出して、忠長に向かって投げつける。当然忠長はそれを焼き払ってやろうと構える。が、綾音は、取り出した手裏剣をその目潰しに向かって思い切り投擲し、忠長の間合い五メートル手前でそれを破裂させる。
目潰しの成分は、主に砂鉄と唐辛子。それが忠長に向かって降りかかる。忠長は、それを燃やしてやろうと目を剥いた直後であった為、とっさの判断と行動が出来なかった。
何とか半身になって防御はしたものの、避けきれず、右目が目潰しの餌食となる。
「ぐ、ぐぅ、あ、あ、あ、あぁ、あぁああああ!!」
あまりの痛みに苦しみもがく忠長。こういう場合はすぐに水で流すのが鉄則だろうが、残念ながらそんなもの今ここには無いし、その目に入った異物を取ろうと擦ってしまえば、一発で失明の恐れがある。
ニヤリ、綾音が確信する。忠長の〈能力〉発現には、個数制限がある。だから、目潰し一つなら対処できても、粉になったそれを前にしてなすすべがなかった。それも……
綾音は右手に手裏剣を四つ持ち、一度に投げつける。
「オノレよくもッ!!」
忠長は残った右目だけで懸命に手裏剣を睨みつける。三枚は一度に焼失。だが一つは免れて、ずさりと忠長の右肩にずぶりと命中。
的中。一度に〈能力〉を行使できる個数は、三つまで。忠長自信の〈能力〉が、綾音を前にみるみるうちに丸裸にされてゆく。
丸裸にするのは好きだがされるのは大嫌いな忠長は、
「お、オノレ、オノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレッ!! 許さん、許さんぞオノレめッ!! ただで死ねると思うな! 捕まえて、オノレの皮膚だけを先ず焼き、雨風に晒し、錐を穿ち、それを焼いて更に苦しみを与え、頭を地面に擦りつけ、踏み、なじり、それからやっと殺してやるッ!!」
なりふり構わず怒り、猛りを上げる。
「……為政者ってどうしてこうも面白い殺し方が次々出てくるんだ?」
呆れながら、忠長の〈能力〉の射程と、その致命的とも言える個数制限を暴きだし、勝利を確信しすっかり余裕の綾音。
……その余裕が命取りとなるのは、どうやらどんな世界でも変わらないようである。
「これでようやく終わりだ。さっさと死ね」
綾音は両手に三つずつ、計六つの手裏剣を、同時に投げる。
「無礼るなと言っておろうがこの糞餓鬼がッ!! 儂を誰だと思うておるッ!! 儂こそが広尾家三代目当主・小田城領主・忠長であるぞッ!!」
三つの手裏剣が、七メートルの地点で燃え盛る。
三つの手裏剣が、焼失。立て続けにもう三つの手裏剣も燃やし始める。
(え、嘘!? ちょ、ちょっと待てッ! いや待つなッ!! 届け届け届け届け届けッ!!)
……綾音の祈り虚しく、残った三つの手裏剣も、忠長の体に届く直前に、全て焼失。
ヤバい。そう考えながらも胸元をまさぐった。懐にはもう、手裏剣の類は三枚しか残っていない。つまり一度に投げても燃やされるのがオチだ。
火薬玉も二つあるが、これも相当考えて使わねばならない。始めの五メートルがブラフだったのか、それともこの窮地に〈能力〉が開花したのか、今の忠長の怒り狂った表情からは分からないが、今のこの状況は圧倒的に綾音が不利である。
忠長は憤怒の面持ちで、『もう容赦せぬ』と言った風に、ずんずんと歩み寄る。
綾音は咄嗟に懐から火薬玉を取り出す。しかし、
「馬鹿めッ!!」
既に綾音たちは忠長の間合いにいる。完全に悪手。
あっと気付いた時には、火薬玉は爆発寸前。
しかしここで凜がファインプレイ。火薬玉を操って、上に飛ばす。
忠長はさっと後ろへ跳ぶ。
天井付近で爆発。その音にびりびりと城全体が揺れる。
忠長は直垂で顔を覆い爆風を防ぐ。
煙が部屋中に充満する。――




