十二、『危うし!? 凜の貞操!!』
凜は小僧の後について、領主の許へ向かっている。
作戦は今のところ成功している。二人の門番は、みすぼらしい浮浪者と小奇麗な身なりの凜の姿を見ると、片方は納得したようににやにやと意味深な笑いを浮かべ、片方は汚らしいものでも見るかのような嫌悪丸出しの視線で顔をしかめた。
浮浪者が、如何に自分が生活に困っているかを力説し、凜が如何に素晴らしい自分の息子か(凜は、ついさっき出会ったばかりなのに、よくそんなに出鱈目が次々出るな、と呆れながらも感心した)を説き売り込むと、別の人間が割り込んで、
「分かった分かった」
と、それなりの金を浮浪者に渡し、凜を引き取った。浮浪者はその金を見て興奮し、ふんだくるようにして貰い受け、怪訝な顔をする城の者たちを尻目に喜び勇んで走り去って行った。
そして、城の一室で待っていた凜だが、しばらくしてからすぐに、
「領主様が今会いたいと仰せですので」
と小僧に言われ、早速領主の所まで通されることとなった。願ったり叶ったりだ。凜は期待と不安の折り重なった緊張で心臓の鼓動を速くしながら、すたすたと前を進む小僧に、馴れない恰好に戸惑いながらも置いて行かれないようにくっついてゆく。
西の空には、未だ太陽の光がほんの微かに残っている。
通されたのは天守だった。天守と言えば防災の為の拠点・または特別な催し物がある時のみしか使わず、通常日常的には使用しないので、凜は、ここに通された時少し面喰ったが、ここ何十年も外部からの侵略が無いことと、また領主がこの街を管理する為にはむしろ都合がいいのだろうと思い、納得した。
「どうぞ」
小僧は凜に部屋の戸を指し示し、多分領主の二人っきりにしろとの思し召しを察してのことだろう、足早に去っていった。その後姿が完全に消えるのを待って、
「領主様、凜でございます」
と声をかけた。
「入れ」
領主の声。
戸の向こうには確かに領主がいる。
凜は、戸に手をかけると同時に、体の震えを自覚した。
『人を殺す』
自分がやろうとしていることの大きさに、恐れおののいて、青ざめ、吐き気さえも催した。
……駄目だこんなんじゃ。こんなんで領主を殺せるか。覚悟を決めろ。
今まで領主たちにやられてきたことを考えるんだ。
どれだけ僕らが苦しめられてきたか、どれだけ僕らが我慢しなくちゃいけなかったか。
殺されたって、しょうがない奴じゃないか。殺した所で褒められるような奴じゃないか。
何を迷うことがあるんだ、何を震えることがあるんだ。これは、正しいことだ。正しいことなんだ。
もしここで腰を抜かして失敗して、領主を殺し損ねたらどうなる。
僕らは一生あいつらの奴隷で、一生あいつらの言う通りにしなくちゃならなくて、苦しんでも苦しんでも、耐え続けなくっちゃいけなくって……。
そんなのは、絶対に嫌だ。
嫌ならば、どうしたって殺さねばならない。
凜は目をカッと見開く。その目は、綾音のそれとよく似ていた。
「どうした、早く入れ」
中から領主の声がした。
「応」
と応えて戸を開けた。覚悟を決めても、体の震えは止められなかった。




