第6話 女装ですって?それだけは勘弁してください
潜入捜査に挑戦です
令嬢襲撃事件の捜査は、その後も進展を見せなかった。
犯人へつながる痕跡は巧妙に消されており、狙われた娘たちにも、家柄や年齢以外に目立った共通点は見つからない。
そんなある日の午後、特務調査室に一通の招待状が届けられた。
「王都西区のガルディア伯爵邸の夜会か」
レオンハルトが招待状へ目を通す横で、副室長のノアが頷いた。
「襲撃された令嬢のうち二人が、この伯爵家の夜会へ出席していました。今夜も令嬢が多く集まります。犯人側が次の標的を探しに現れる可能性があります」
「で、潜入捜査をしようというのか」
「はい。ただ、招待状は男女一組を前提にしたものです。ミレイユは別件で鑑識院へ出ていますし、女性調査員はすでに他の会場へ配置しています」
ノアの言葉に、調査室の者たちの視線が一斉にある場所へ集まった。
書類を整理していたクラリスは、嫌な予感を覚えて顔を上げる。
「……どうして皆さん、私をご覧になるのですか?」
ルークがにこりと笑った。
「エミル、お前ならいける」
「何がです?」
「細いし、顔も綺麗だし、背も高すぎない」
「だから、何がです?」
「令嬢役」
しばしの沈黙の後、クラリスは椅子から勢いよく立ち上がった。
「女装ですか!?」
「声が大きい」
ノアにたしなめられ、クラリスは慌てて口を押さえた。
男装している自分が、今度は女装して潜入する。
それでは元に戻るだけだわ。いえ、でも皆から見れば、男のエミルが女装するということなのよね。何だか話がややこしいわ。
いえ、なにより。女装姿を見て、実は女だとバレたら大変なことになる。
「無理です。絶対に無理です」
「どうしてだ?」
ルークが不思議そうに首をかしげる。
「どうしてって……私は、その、女性の振る舞いなど分かりませんので」
本物の令嬢なのだから、むしろ誰よりも分かっている。だが、ここでそれを認めるわけにはいかない。
「夜会へ出た経験は?」
「ありません」
これは嘘ではない。クラリスは社交界へほとんど出されずに育ったため、正式な夜会へ出席したことは数えるほどしかなかった。それも、兄エイドリアンの鉄壁の守りの中での話だ。
「ダンスは?」
「……少しくらいなら」
「十分だな」
「十分ではありません!」
クラリスが必死に抵抗していると、それまで黙っていたレオンハルトが招待状を机へ置いた。
「無理強いはしない」
穏やかな声だった。
「危険を伴う任務だ。嫌なら断っていい」
その言葉に、クラリスは口を閉じた。
レオンハルト室長はいつもそうだ。部下へ仕事を命じても、決してその意思を軽んじない。断ればきっと、別の方法を探すのだろう。
けれど断れば、室長の隣に別の女性が立つ。
そう考えた途端、なぜか胸が落ち着かなくなった。
それに──
「……私が行けば、事件の捜査が進む可能性があるのですよね」
「ああ」
「でしたら、やります」
クラリスは胸の前で拳を握った。
「お役に立てるなら、令嬢でも何でも演じてみせます!」
ルークが大きく頷き、ノアは眼鏡を押し上げた。
「では、準備を急ぎましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください。心の準備がまだ――」
訴えは聞き入れられず、クラリスは女性職員たちに連れられて衣装室へ運ばれていった。
◇◇◇
「できましたよ、エミルさん」
侍女役の女性職員に声を掛けられ、クラリスは恐る恐る鏡を見た。
深い青色のドレスは、若い令嬢らしい可憐さを残しながら、夜会の灯りに映えるよう銀糸の刺繍が施されている。髪には、被る者の色と長さを一時的に変える変装用の魔導髪飾りが留められている。細い首元には小さな宝石が揺れていた。
そこに映っているのは、どう見ても貴族令嬢だった。
当然だわ。だって、私は本当に貴族の令嬢なんだもの。
でも、これじゃあまりに自然すぎて、ばれてしまわないかしら。
クラリスは不安になりながら、何度も鏡の中の自分を確かめた。
男装姿を見慣れた調査室の者たちなら、まさかこれが本来の姿だとは思わないはずだ。そう信じるしかない。
扉が開き、女性職員が外へ向かって声を掛けた。
「室長、お待たせしました」
入ってきたレオンハルトは、正装姿だった。
いつもの黒い外套ではなく、濃紺の礼装に銀の刺繍が入っている。紫の髪も普段より整えられ、胸元には侯爵家のものらしい飾りが輝いていた。
なんて優美なの……。
思わず見とれてしまい、クラリスは慌てて背筋を伸ばした。
「お待たせしました」
令嬢として礼を取ると、レオンハルトは何も言わなかった。
ただ、クラリスを見たまま立ち尽くしている。
「室長?」
呼びかけると、ようやく我に返ったように瞬きをした。
「……綺麗だ」
「え?」
レオンハルト自身も、自分が何を口にしたのか気付いたらしい。一瞬だけ目を見開いた後、わずかに顔を逸らした。
「いや、よく似合っている。これなら怪しまれることはないだろう」
「あ、ありがとうございます」
クラリスの胸が、大きく跳ねた。
任務のために褒めてくださっただけ。
そう分かっているのに、頬が熱くなる。
「いや、本当に綺麗だな。これなら会場中の男が見るぞ」
ルークが後ろでにやにやして言った。
「ルーク」
レオンハルトの声が、わずかに低くなった。
「任務の準備へ戻れ」
レオンハルトが静かに遮ると、ルークは肩をすくめた。
「今夜の君の名は、エミリア・ノルド男爵令嬢だ。私の遠縁ということにしてある」
「はい」
「夜会では私のそばを離れないように。何か異変を感じたら、すぐに知らせなさい」
私のそばを離れるな。
その言葉に、クラリスの胸がどきりと跳ねた。
分かっている。これは任務上必要な指示だ。なのに、まるで自分のことを心配してくれているように聞こえてしまう。
「あの、室長……」
「わたしのことは、レオンハルトと呼ぶように」
「そんな……」
室長と一緒に夜会に出るだけで緊張して倒れそうなのに。名前で呼ぶなんて。そんなの無理よ。恥ずかしい。
「レオンハルト、と」
白い手袋をした手が差し出される。
「レオン、ハルト様……」
クラリスは、思わず頬が赤くなるのが分かった。
「上出来だ」
レオンハルトが、クラリスをまっすぐ見て笑った。
クラリスは一瞬だけ迷ってから、その手へ自分の手を重ねた。
手袋越しなのに、触れた場所が妙に熱く感じられた。
読んでいただきありがとうございます!
男装令嬢が、女装させられるというめちゃくちゃベタな展開ですが
個人的には書けて楽しかったです
次回、いよいよ夜会へ




