第3話 初めての外勤です!
男装令嬢、現場検証へ
王立魔導保安局で働き始めて、1週間が経った。
クラリスはすっかり職場での生活に慣れ、朝になると男物の服へ着替え、長い髪を帽子の中へ押し込み、使用人用の門から屋敷を抜け出すようになっていた。
もっとも、男装そのものには一向に慣れない。
「どうして毎朝、違うところから髪が飛び出すのかしら」
鏡へ向かって文句を言いながら、今日も無理やり帽子の中へ髪を押し込む。ようやく少年らしい姿になる頃には、朝からひと仕事終えたような疲労感があった。
それでも保安局へ向かう足取りは軽い。
仕事は忙しかったが、自分が役に立てることが嬉しかった。調査室の者たちも、妙に経歴を詮索することなくエミルを受け入れてくれている。
そして何より。
レオンハルト室長と働くのが、楽しい。
彼のもとには朝からいくつもの報告が届く。現場の判断、他部署との調整、王宮への報告。それらを一つずつ確かめ、決して慌てることなく指示を出していく。
しかも、どれほど忙しくても部下の話を途中で遮ることはない。
偉い方なのに、本当に偉ぶらないのよね。
クラリスは自分の席から、書類へ目を落とすレオンハルトをそっと見た。
濃い紫の髪が窓から入る光を受け、わずかに艶めいている。真剣な横顔は端正で、初めて会った時よりもずっと近寄りがたいほど冴え冴えして見えた。
けれど、同時に、新人へ自分の食事を分けてくれるような人でもある。
思い出すと、なぜか胸の奥が少しくすぐったくなった。
レオンハルトが、クラリスの視線に気づいたように顔を上げる。
思わず、目が合った。
クラリスが慌てて視線を書類へ戻した、その時。
調査室の扉が勢いよく開いた。
「室長、東区で魔導具による襲撃です」
入ってきたのは副室長のノアだった。いつも冷静な彼の表情が、今日はわずかに険しい。
「被害者は」
「令嬢が一名、怪我をしたと。命に別状はありません。ただ、現場から違法魔導具らしきものが見つかりました」
室内の空気が一変した。
レオンハルトはすぐに立ち上がり、必要な人員の名を挙げていく。
「ルークとミレイユは現場へ。ノアは被害者から事情を聞いてくれ。私は魔導具を確認する」
現場。
その言葉だけで胸が高鳴った。
もちろん危険なのは分かっている。けれど、自分も少しくらい役に立てるのではないだろうか。
クラリスが期待を込めてレオンハルトを見ると、すぐに視線が合った。
「エミル」
「はい!」
「記録係として同行できるか」
「もちろんです!」
思わず立ち上がると、椅子の脚が床を大きく擦った。周囲の視線が集まり、クラリスは少しだけ姿勢を正す。
「……お任せください」
今度は落ち着いて言ったつもりだったが、レオンハルトの口元がわずかに緩んだ。
「頼りにしている」
その言葉に、クラリスの胸は一気に弾んだ。
あの室長が。
私を頼りにしてくれている。
嬉しさが顔に出ないように唇を引き結び、クラリスは筆記具と記録用紙を抱えた。
◇◇◇
現場となったのは、王都東区にある小さな雑貨店だった。
店先の窓は割れ、棚はいくつも倒れている。床には細かな硝子片と、黒く焦げた魔導具の破片が散らばっていた。
「ずいぶん派手に壊されていますね」
クラリスが呟くと、隣にいたルークが頷いた。
「目撃者の話では、魔導具が暴走したと」
店の奥では、被害に遭った娘が椅子に座り、ノアから事情を聞かれていた。年齢はクラリスとそう変わらないように見える。頬は青ざめ、両手が小さく震えていた。
なんてひどい。なぜこんなことに。
「ルーク様、これって一体……」
クラリスが声を潜めて尋ねると、ルークの顔からいつもの軽さが消えた。
「このところ、貴族の令嬢が狙われる事件が続いてる。それも高位の者ばかりだ。犯人の正体も目的もまだ分かってない」
「令嬢ばかり……」
「ああ。ただ、どの現場にも妙な魔力の痕跡が残っている。今回も同じかもしれない」
クラリスは床に散らばった破片へ目を落とした。
魔力。
その言葉に、胸の奥がわずかにざわつく。
この世界では、自分がどのような魔力を持つか他人へ明かさないのが常識だ。能力を知られれば対策を立てられ、利用される危険もある。家族やごく近しい者以外へ魔力を見せる者は、いない。
クラリスも自分の魔力について、兄エイドリアン以外に語ったことは無い。兄の魔力についても、知るのは自分以外にいないだろう。
それほど、魔力についての話題はデリケートなものだ。
「エミル、こちらへ」
レオンハルトに呼ばれ、クラリスは慌てて駆け寄った。
彼は焦げた魔導具の破片を手袋越しに持ち上げていた。
「形状と残留魔力を記録してくれ」
「はい」
クラリスは用紙を広げ、言われた通りに書き留めていく。円形の金属板。中心に赤い石。周囲には細かな術式が刻まれている。
けれど、見ているうちに奇妙なことに気付いた。
「……あの」
「どうした」
「この術式、途中だけ違いませんか?」
クラリスは金属板の端を指した。
「ほかはすべて同じ方向へ刻まれているのに、ここだけ逆向きです」
レオンハルトの表情が変わった。
「ミレイユ」
呼ばれた鑑識担当のミレイユがすぐに近づき、破片を覗き込む。
「本当ね。術式の一部が後から書き換えられている」
「これは、触れた者の魔力へ反応する術式だ」
「何のために?」
「まだ分からない。暴走に見せかけて、何かを確かめようとした可能性はある」
クラリスは思わず背筋がぞくりとした。
犯人は、何らかの魔力を持つ令嬢を、探し出そうとしているのではないか。
でも、一体、だれが何のために。
「よく気付いたな、エミル」
レオンハルトがこちらを見る。
「いえ、たまたま目に入っただけです」
「そのたまたまを見落とさないことが、調査では重要だ」
真っ直ぐに褒められ、クラリスは頬が熱くなるのを感じた。
実際には──気づいた、などというものではない。
クラリスには魔導具を見た瞬間から術式の一部だけが薄く揺らいで見えていた。
クラリスが持つ魔力は『看破の魔力』。嘘や偽りを見破ってしまう力だ。ほの暗い嘘や秘密、偽りを抱えている人や場所、物が揺らいで見えてしまう。
非常に特殊な能力とされ、この数百年で確認されたのは数名程度。
しかも、その多くが王宮の陰謀や策略に巻き込まれ、命を落としたという。
犯人が特殊な魔力を持つ令嬢を探しているならなおさら、この力のことは誰にも知られてはいけない。
そうクラリスは、心の中で固く決意した。
そのとき、店の奥から小さな泣き声が聞こえた。
見ると、棚の陰に幼い男の子が座り込んでいる。被害者の弟なのだろう。膝を擦りむき、涙を堪えながら姉の方を見つめていた。




