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■2日目■

暁音は目を覚ました。

心臓が早鐘のように鳴っていた。


シエロの赤く濁った瞳。

呪文を詠唱していた茶色の長い髪をした男は、カルマだった。

そして右腕を失っていたのは、ユオだった。


深呼吸をした。


夢だった。変な夢を見ただけだった。

寒くて歯がガチガチと鳴っていた。


吹雪の中にいたせいだ。

いや。違う。夢だった。

実際に吹雪の中にいたわけじゃない。


もう一度、深呼吸をした。

少し落ち着いた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


朝食を摂るため、食堂へ向かった。


朝は簡単なパンやスープなどが提供されることになっていた。

昼食は各自、または朝の残り。夕食は当番制。そういう決まりになっていた。


暁音は夢のことを頭から一旦追い出し、パンを齧った。

落ち着いてきた。


シエロとタルデが食堂へ入ってきた。

この二人は一緒にいることが多かった。


シエロを見た時、暁音は一瞬、夢の中で見た赤く濁った目を思い出した。

しかし今のシエロは澄んだ青い目をしていた。


当然だ。あれは夢なのだから。


「おはようございます。暁音さん。」

暁音の向かいの席に座り、スープを飲んだ。

タルデはシエロの隣に座った。


「俺たち、今日の昼から任務なんだ。夜には戻れると思うけど。」

シエロが暁音に報告すると、「楽勝だ」とタルデが付け足した。


「でもさ、もしかしたら少し遅くなるかもしれないから、夕食の当番が・・・」

そうシエロが言った時、後ろから声がした。


「昨日の煮込みが残っている。温め直せば良い。」

カルマだった。


「お前らが遅くなったら、私が温めておく。お前らは帰ってから食べるだけでいい。」

感謝しろ、という顔をした。


「あ、本当?ありがとう、カルマ。」

シエロが礼を言うと、カルマはフン、と軽く鼻を鳴らして去っていった。


その背中を見つめながら、タルデが呟いた。

「・・・今日さ、帰りにどこかで食って帰らないか?」


2日連続で【よく分からない煮込み】を食べるのは拒否したいようだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


暁音は暇をしていた。暇なので書庫に来ていた。

何が言いたいのか分からない、結論の出ない、つまらない物語をダラダラと読んでいた。


暁音はこの世界にきて3ヶ月、ブラック企業にいた頃に比べたらほぼニートのような生活をしていた。


「異世界の知識人」と言うよく分からない役職を貰っていたので、魔法使いたちの相談に乗ることが稀にあった。


また、複数人の魔法使いが必要な任務の時は、「異世界人がいると魔力や精神が安定するから」と言う理由で同行することもあった。


しかし基本的にはニートだった。


料理当番の時に簡単な料理を作ったり、買い出し担当としてたまに街に行くくらいだった。


しかも重いものを運ぶほどの筋力がないため、その時に暇をしている魔法使いについて来てもらうことが多かった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「暁音さん。ここにいたんだ。」

パラムが扉に立っていた。


腰のあたりまである、赤いウェーブの髪を揺らしながら、暁音のところまで歩いてきた。


「何読んでるの?これ・・・楽しい?」

パラムは物語にはあまり興味がないタイプだった。


「楽しくないよ。」

暁音が答えると、パラムは不思議そうに瞬きした。

パラムの髪からは甘い花のような香りかした。


そんなパラムを見ていると、

昨夜スタラに「におう」と言われたことを思い出した。


「ねぇ、変なこと聞くけど、私ってにおう?」

暁音が真剣な顔で尋ねると、パラムは更に不思議そうな顔になった。


「におう?そんなことないけど。なんで?」

パラムは本当に不思議そうな顔をしていた。

暁音はそれを見て、少し安心した。


「いや、昨日、スタラに言われて。」

暁音がそう言うと、パラムは少し緊張した顔になった。


そして、考えながらこう言った。

「スタラが。」

「・・・それは多分、魔法の痕跡とか、あるいは呪いの痕跡とか。

そう言う話だと思うよ。」


・・・呪い。


暁音の表情を見て、パラムは慌てて付け足した。

「いや、でも。強いものなら、私も気付くと思うから。

スタラにしか気付けないような微少な痕跡なのかも。」


更に続けた。

「でも一応聞いてみた方が良いかも。私も一緒に行くし。」


そして更に続けた。

「あ、でもあの人、いつも部屋にもいないし、神出鬼没だよね・・・もしどこかで会ったら、私から聞いておくね。

暁音さんも、会えた時に聞いたら安心できるよ・・・」


「うん、・・・そうだね。」

暁音が返事をすると同時にルクスの声がした。


「パラムさん。任務の報告書。僕だけにやらせないでください。」


扉に、小柄な少年のような魔法使いが立っていた。

金髪で、顎くらいの長さで切り揃えられた髪型の、18歳の魔法使いだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


ルクスに引きづられていくパラムを見送って、つまらない物語の本を本棚に戻した。


昼食の時間になっていたので、朝の残りのパンやスープを貰いに、食堂へ移動した。


食堂にはユオがいた。

自分で買ってきたらしい肉料理と、朝の残りのパンを食べていた。


「ここ座るね」

暁音はユオの返事を待たずに向かいの席に座り、パンとスープを食べた。


基本的に食堂で人がいた場合、近くに座ることにしていた。


同じ宿舎に住む同僚・・・ではないが、ビジネスパートナーみたいなものとして、ある程度全員と仲良くなるべきと考えていた。


「・・・よぉ」

少し顔を顰めたが、ユオは文句を言わなかった。

寝不足なのか、薄い隈ができていた。


「昨日の。」

目を逸らしたり、こっちを見たりしながらユオが切り出した。


「俺は、本当に違うからな。」

ぎゅっと口を結び、また念押ししてきた。

次の日になっても引き摺っていた。500歳なのに大人気なかった。


「それで、あんたは・・・」

「ひつこいなぁ」

ユオのセリフに被せて、暁音はため息混じりに答えてしまった。


そんなことより今は、スタラの件の方が気になっていた。

魔法の痕跡。呪いの痕跡。


「・・・ひつこい?」

ユオは驚愕の表情を見せた。

その後、目を細めて顔を背けた。


「あんたが変なこと言うからだろうが・・・」

少し傷ついているように見えた。


魔法使いという生き物は、基本的に普通の人間よりずっと繊細だった。

3ヶ月かけて暁音はなんとなく察してはいたが、たまに忘れていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


ユオは腹立たしく思っていた。


目の前にいる、異世界から来たという人間を。


昨日、買い出しの途中でいきなり「好き」と言って来た上、今日はそれを確認しようとしたら「ひつこい」と言われた。


その人間は、なんだか考え事をしているような表情で向かいの席に座り、朝と同じメニューのパンとスープを食べている。・・・量が少なかった。


ユオは自分の皿を見た。

買って来た肉料理は、3切れほど残っていた。


「・・・余った。食え。」


ユオは肉の入った皿を暁音の方に押しやると、立ち上がって食堂から出て行った。


「え、ありがとう?」

暁音はユオの背中に向かって声をかけた。


皿に残っている肉を見た。

割と美味しそうだった。

食べてみたら、やっぱり美味しかった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


その後、パラムの報告書を一緒に確認したり、散歩をしたりして時間を過ごした。


夕食の時間に食堂へ向かうと、カルマが【よく分からない煮込み】を温め直して配ってくれた。


そして、パラムは【よく分からない煮込み】を無表情で食べた。

昨日のウォルクと全く同じ表情だった。


暁音とパラムの食事が終わる頃、シエロとタルデが食堂へ入ってきた。


「お疲れ様。どうだった?」

暁音が声をかけると、タルデが「楽勝だ」と答えた。


二人は暁音たちの近くの席に座った。

そして【よく分からない煮込み】を食べ始めた。

結局外では食べなかったようだ。


「・・・やっぱり、外で食えば良かった・・・」

【よく分からない煮込み】を食べながら、タルデは辛そうな顔をしていた。


「・・・ごめん、俺がなんか疲れちゃって。」

シエロが軽く笑いながら言った。


「お前が疲れるって、珍しいよな。そっちは結構大変だったか」

二人は同じ任務を手分けして片付けたようだった。


「うん、そうなんだよね。」

シエロが【よく分からない煮込み】を食べながら言った。


「やっぱりこれ、俺は結構好きだな。」


シエロのセリフを聞いたタルデは、引き攣った笑みを浮かべていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


暁音は夕食を終えて部屋に戻り、軽く読書をし、その後寝支度をしていた。


ふと、昨晩の夢を思い出した。

それから、ユオに「好きだ。」と言ったことも思い出した。

更にパラムが「魔法や呪いの痕跡」と言ったことも思い出した。


第一優先事項は「魔法や呪いの痕跡」についてスタラに聞くことだ。

スタラは神出鬼没だけど、探してみよう。どうせ暇なのだから。


そう決めて、ベッドに入った。


ーーーーーーーーーーーーーーー


夢を見た。


吹雪の中だった。


「シエロ!!!目を覚まして!!!」

自分の声がした。必死に叫んでいた。


シエロの赤い目がこちらを向いた。

瞬間、黒い炎が迫ってきた。


「暁音!!」

タルデが叫んだ。


ユオが呪文を詠唱した。

片腕で防御の魔法を使い、炎を防いだ。


カルマが呪文を詠唱し続けていた。

シエロを操る術式を封印するために。


ーーーーーーーーーーーーーーー

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