第97話:清掃超奥義、宇宙開闢(ビッグバン)ブラッシング。
リトが雑巾を握り直した瞬間、ホワイト・ラボの内部に色彩のビッグバンが発生した。
彼から溢れ出すのは、もはや限定的な魔力ではない。宇宙誕生の瞬間に持っていたはずの、混沌と可能性に満ちた原初のエネルギー――『万物の汚れを肯定し、磨き上げる光』だ。
「アルテミスさん、ルクレツィアさん、エルナさん。最後のお手伝い、お願いできるかな」
「喜んで! 貴方の進む道を曇らせる汚れは、この私がすべて斬り伏せます!」
「ふふ、どこまでも付き合いますわ。貴方の影として、この宇宙を磨き上げましょう」
「祈ります……! リト様の雑巾が、銀河の果ての果てまで、愛を届けますように!」
三人のヒロインが、残されたすべての魔力をリトへと捧げる。
オメガは、初めて計算不能の恐怖に震えた。自身の論理回路が、目の前の少年が放つ「非効率的な熱量」によって焼き切られようとしている。
『理解不能……個の消失を厭わず、不確定な未来を磨こうとするその行為に、何の合理性があるのか。そのようなものは、掃除ですらない!!』
オメガが背負う巨大な滅菌装置『虚無の秤』が、臨界点を突破して赤黒く脈動する。宇宙というキャンバスを次元ごと消去する最終滅菌波。それが、リトたちを飲み込もうと迫る。
だが、リトは一歩も引かない。彼はオメガの、無機質な女神の瞳をまっすぐに見据えた。
「効率とか理由とか、そんなのはどうでもいいんだ。――俺は、お前も磨きたいんだよ。オメガ」
その言葉と共に、リトが踏み出す。
彼の背後には、かつて彼が洗ってきた万物の幻影が、銀河を埋め尽くす規模で出現していた。下界の村人たち。血に汚れた魔王軍。煤けた天界の住人。彼らがリトに贈った「ありがとう」という想いが、微細な研磨粒子となって雑巾に宿る。
「ただ、そこに『命』があるなら――綺麗にしてあげたい。ただ、それだけなんだ!!」
リトの両腕が、因果律を超えた速度で振るわれた。
雑巾が、宇宙という広大な空間を、まるで一枚の窓ガラスであるかのように捉え、一気に拭き上げていく。
「【清掃超奥義:宇宙開闢・大銀河ブラッシング(ビッグバン・ポリッシュ)】!!!」
それは、暴力ではなかった。
宇宙が誕生した時から蓄積されてきた孤独、絶望、そして「無」という名の最大級の停滞を、根こそぎ剥ぎ取る究極の対話。
オメガの放った消去の波動が、リトの雑巾に触れた瞬間に「生命の色彩」へと還元され、逆にオメガ自身へと流れ込んでいく。
「私が……洗われている……!? 完璧な私の理論が、磨き潰されていくというのか!!」
ホワイト・ラボが内側から激しく振動し、**『キュッ!』**と宇宙全体に響き渡るような快音を奏でた。
オメガの幾何学的な巨躯が、リトの雑巾によって容赦なく研磨され、不要な拒絶を剥ぎ取られていく。その下から現れたのは、本来の彼女の姿。宇宙の循環を守るために生まれた、色彩豊かな慈愛の女神だった。
銀河全体が、かつてないほど透明な、しかし力強い光に包まれる。
長年、文明を停滞させていた「どうせいつかは消える」という無常の煤が、宇宙規模の洗浄によって完全に一掃されていく。
光が収まった時、そこに広がっていたのは、汚れ一つない、しかし生命の温もりに満ちた「新世界」だった。
だが、その中心に、リトの姿はなかった。
床に落ちていたのは、ボロボロになり、もはや雑巾としての形を失った「灰色の残骸」だけ。
「……リト様? どこですの、リト様!」
ルクレツィアの悲鳴が静寂を破る。アルテミスが、震える手でその布きれを拾い上げた。
返事はない。
宇宙すべての汚れをその身に引き受けたリトは、自らもまた「拭き取られる汚れ」の一部として、世界の境界線の向こう側へと消えてしまったのだ。
「……やりすぎちゃったかな」
遠ざかる意識の中、リトは最後にそう笑った気がした。
静寂。
平和が訪れたはずの宇宙に、残されたヒロインたちの、拭いきれない慟哭だけが響き渡っていた。
宇宙を磨ききったリト。しかし、その代償は「自分自身の消失」でした。
掃除屋がいなくなった世界で、それでも汚れ(生きた証)は増え続けます。
第98話、物語は「決着」へ。
ヒロインたちが最後に取る、掃除屋さえも驚く「究極の手段」とは。
あと3話。最後まで、この物語を一緒に磨き上げてください!




