第94話:宇宙の「拭き掃除」バトル。――白という名の、究極の汚れ。
真空の宇宙に、本来響くはずのない「凍りつくような沈黙」が轟いていた。
魔導戦艦ベヒモス・シャイニングの甲板。そこは今、生命の輝きを拒絶する「絶対的な白」に侵食されていた。最高防疫官オメガが放つ『最終滅菌』の余波。それは、単なる光ではない。存在が持つ「意味」を漂白し、歴史を、記憶を、そして魂の色を、強制的に白紙へ戻す残酷なまでの「清潔」だった。
「アルテミス……さん。やめてよ。……そんな、何も映っていない瞳、君には似合わないんだ」
リトの声が、大気のないはずの空間で、彼の魔力を媒介にして震える。
目の前には、銀銀に輝いていたはずの鎧を「陶器のような白」に変え、リトを殺害対象として認識したアルテミスが立っていた。彼女の指先から、一滴の鮮血が零れ落ちる。リトの頬をかすめた聖剣の跡。だが、その赤い血さえも、空中に触れた瞬間に意志を失った「白い砂」へと変じ、音もなく宇宙の虚無へと消えていった。
「不確定要素……第851層・生命個体。存在理由の不一致を確認。……これより、一帯の『消毒』を開始します」
アルテミスの声は、かつてリトに「愛しています」と告げた熱を完全に失っていた。
彼女が踏み込む。聖剣が描く軌跡は、宇宙の闇を切り裂くのではなく、闇そのものを「白いインク」で塗りつぶしていく。リトは避けない。避けることは、彼女の変貌を認めることになるからだ。
「……なるほどね。ようやく分かったよ、オメガさん。君たちの正体が」
リトは、白く染まり、雑巾としての機能を失ったはずの「相棒」をじっと見つめた。
かつては、あらゆる汚れを吸い込み、生命の瑞々しさを引き出してきた布切れ。それが今は、指先の水分さえも奪い取る無機質な石灰のような手触りに変わっている。
オメガの巨大な「眼」が、次元の亀裂からリトを見下ろす。
『理解したところで、無意味だ。清掃員。その雑巾は、もはやお前の想いを伝える媒体ではない。それは『無』の象徴。お前の歩みも、仲間との絆も、すべては我が滅菌の海に沈み、完璧な白へと帰す。不潔な記憶など、宇宙には不要なのだから』
「……。……。……違う。……。……。……全然、分かってないな」
リトは、白く乾いた雑巾を、指が白く染まるほどに強く握りしめた。
彼の内側で、これまで拭い去ってきた「汚れ」たちが一斉に脈動を始める。魔王城の埃、下界の泥、天界の煤……。リトはそれらを、ただ捨ててきたわけではない。すべてを自分という「雑巾」の中に引き受け、共生してきたのだ。
「これ、白じゃない。……ただの、一番しつこい汚れだ」
リトの全身から、これまでにない「黒い魔力」が溢れ出した。それは闇ではない。すべての色が混ざり合い、深淵のような輝きを放つ「究極の色彩」だ。
掃除屋の真理。それは、汚れを消し去ることではない。
**「汚れを自分の中に引き受け、対象が持つ本来の輝きを、研磨によって取り戻す」**ことにある。
「【清掃覚義:万物・反転・再定義】!!!」
叫びと共に、リトの雑巾が虹色の黒へと転じた。
白とは清潔ではない。白とは、色彩という名の「命」を強引に覆い隠した、最も傲慢な「厚塗り」に過ぎないのだ。ならば、その『白という名の汚れ』を剥ぎ取ればいい。
リトは、向かってくるアルテミスの聖剣を、素手――雑巾を巻いた拳で掴んだ。
ギュリリリリ……ッ!!!
魂を削り、次元を削るような凄まじい研磨音が、ベヒモスを震わせる。
リトは、アルテミスの剣から、そして彼女の白い鎧から、怒涛の勢いで「白」を拭き取り始めた。一拭きごとに、彼女を覆っていた不気味な白磁の破片がパリパリと剥がれ落ち、その下から、かつてリトが丹精込めて磨き上げた「生命の輝き」が、以前よりもさらに鮮やかに溢れ出す。
「……あ、……リト、……様……?」
瞳に熱が戻る。色彩が戻る。アルテミスの頬に、生きた証である赤みが差し込んだ。
「おかえり、アルテミスさん。……さあ、仕上げの時間だ」
リトが顔を上げると、ベヒモスの前方に、銀河を飲み込むほどの「超巨大な滅菌ゲート」が展開していた。
オメガの冷徹な意志が、宇宙そのものを震わせて告げる。
『……掃討プランBへ移行。物理的な中和を確認。これより、精神的な漂白を開始する。次に消えるのは、貴様の「存在理由」だ』
その瞬間、リトの脳内に、耐え難い「空白」が流れ込んできた。
ここまで読んでくださった皆様へ。
リトが見つけた「白の正体」。白こそが最強の汚れであるという定義の逆転。
しかし敵の狙いは、リトの「掃除屋としての魂」そのものでした。
リトを形作る記憶が、一文字ずつ消されていく。
残り7話。リトは自分自身を磨き上げることができるのか。
感想欄で、ぜひ彼に「掃除の楽しさ」を教えてあげてください。
最後まで、リトの雑巾がけを見届けてくれたら嬉しいです!




