第92話:全惑星・同時漬け置き。――「地球(せかい)をまるごと洗濯機に入れよう」。
宇宙の彼方から現れた「消毒天使」の上位個体たち。彼女たちが放ったのは、物理的な攻撃ではない。惑星そのものの存在定義を書き換え、「最初から何もなかったこと」にする最終滅菌シークエンスだった。
青い惑星の表面が、端からパラパラと「白紙」のように色を失っていく。
「リト様! 故郷が……私たちのいた世界が、消えていきますわ! 魔法が、因果が、人々の思い出が……白く塗り潰されていく!」
ルクレツィアが叫ぶ。彼女の影の魔法ですら、その「無」の侵食には太刀打ちできない。触れた瞬間に、影としての色を奪われ、消滅してしまうのだ。
「……。……。……。……。……。……。……。……。……なるほどね。……。……あいつら、汚れを落とすのが面倒だから、キャンバスごと捨てようとしてるんだ。……。……。……。……。……でも、甘いよ。……。……。……。……掃除屋を、舐めないでほしいな」
リトはベヒモスのメインコントロールレバーを、最大出力へと叩き込んだ。
「みんな、魔力を貸して。……。……。……。……惑星を救うには、もうこれしかない。……。……。……。……。……。……。……世界を丸ごと、**【概念柔軟剤】**の海に沈めるんだ!!」
リトの合図と共に、ベヒモスの全貯蔵タンクが開放された。中に入っているのは、魔海の深層水と聖女の祈り、そしてリトが独自に精製した『多幸感抽出液』を限界まで濃縮した、究極のバリア成分。
「【清掃奥義:惑星規模・全自動・漬け置き洗い(プラネタリー・ソフター・バリア)】!!!」
ベヒモスの船底から、虹色の液体が爆発的に噴射された。それは重力を無視して惑星を包み込み、巨大な「膜」を形成していく。
下界の人々が見上げた空は、一瞬にして幻想的なパステルカラーに染まった。その雨に触れた瞬間、人々の心からは不安が消え、体は春の陽だまりに包まれたような柔らかさに満たされた。
そこへ、宇宙の彼方から「最終漂白光線」が着弾する。
ドォォォォォォォン!!
……という衝撃音は響かなかった。
代わりに響いたのは、宇宙空間を震わせる**ポヨォォォン!!**という、あまりにも間抜けで、しかし絶対的な「弾力」の音だった。
「……なっ!? 消去プログラムが……。……。……。……。……。……惑星の表面が『柔らかすぎて』、破壊の定義が定まらないだと!?」
宇宙の闇に潜む消毒天使たちが動揺する。リトが施した柔軟仕上げは、あまりにも「フカフカ」すぎて、冷徹な消去光線さえも滑り込ませなかったのだ。
「……。……。……。……。……。……。……。……。……。……。……。……掃除は、汚れを落とすだけじゃない。……。……。……。……。……。……。……。……。……。……。……。……『汚れがつかないように守る』までが、掃除屋の責任なんだ」
リトは雑巾を肩にかけ、不敵に微笑む。
だが、その微笑みは一瞬で凍りついた。
背後の甲板で、ドサリ、と重い音が響いた。
「……リト……様……。なんだか……体が……白く……」
振り返ると、アルテミスの指先が、透き通るような不気味な「白」に染まり始めていた。惑星への攻撃は防いだが、消毒天使たちの「真の狙い」は、バリアを張るために全魔力を放出したベヒモスの中枢――そして、リトの心だったのだ。
「アルテミスさん……!? 嘘だろ、内部汚染……!? どこから……!」
ベヒモスのスピーカーから、感情を排した冷徹な声が直接リトの脳内に響き渡る。
『……次は、お前の心を滅菌する』
アルテミスに迫る「白」の恐怖……。
世界を救った代償は、あまりにも残酷なものでした。
残り8話。リトは、愛する仲間を「拭き取る」ことができるのか。
続きが気になる方は、ぜひブックマークして待っていてください!




