第85話:世界のゴミ捨て場、氾濫。――「不潔の根源」を漬け置き洗いせよ!
次元の穴の奥底から這い出してきた、巨大でドロドロとした「不潔の手」。それは、世界が創造されたその瞬間から、神々ですら見て見ぬふりをして捨て去ってきた「失敗作」や「未練」、そして「概念的な老廃物」が数万年かけて発酵し、一つの意志を持ってしまった不浄の塊であった。
「……ハラ……ヘッタ……。キレイナ……セカイ……ヨゴシテ……ヤル……」
その存在が発する「不潔な魔力」は、もはや悪臭というレベルを超えていた。触れただけで魂が腐敗し、生きる気力を失わせるような、根源的な「絶望の泥」。それが天界の縁を掴み、ピカピカになったばかりの聖域を再び黒く染めようと這い上がってくる。
「ひっ……! リト様、あれはダメですわ! 私の聖なる加護すら、あの泥に触れた瞬間に『不治のカビ』に変えられてしまいます……!」
聖女エルナが顔を青くし、ガタガタと震えながら叫ぶ。これまでの魔王や四天王とは、次元が違う。あれは「敵」ではなく、世界というシステムが排出しきれなかった「宿便」そのものなのだから。
「……。……なるほどね。……『排水トラップの奥の奥』ってわけか。……どんなに部屋を磨いても、下水が逆流してきたら意味がない。……。……でも、ゼノンさん(最高神)。君たちは、これを数万年も放っておいたんだね。……これが溜まれば、いつか世界が『詰まる』ことくらい、全知全能なら分かってたはずなのに」
リトの静かな怒りが、周囲の空気をピリつかせる。最高神ゼノンは、若返った顔を恥辱に染め、俯いた。
「……。……すまない。……怖かったのだ。……あれは、我ら神々が『完璧な世界』を作るために切り捨てた、我ら自身の『影』……。触れれば、神格すら汚染される……。だから、次元の底に閉じ込めるしかなかったのだ……」
「……『閉じ込めたら消える』なんて、掃除の基本を知らない人の言い訳だよ。……汚れはね、隠せば隠すほど、見えない場所で育っていくんだ。……。……。……よし、みんな。……プランBで行こう。……あいつは大きすぎるし、粘度も高い。……いきなり擦っても、汚れを広げるだけだ」
リトは、ベヒモスのデッキ中央に立ち、巨大な印を空中に入力した。
ベヒモスの船底から、これまで見たこともないような「虹色の粘液」が噴水のように噴き出し、天界の空を埋め尽くしていく。
「リト様! それは……!?」
「僕が独自に培養した『万能・概念分解酵素:オリジン・イレイザー』だよ。……。……あいつの正体は、数万年分の『タンパク質(未練)』と『脂質(欲望)』の複合汚れ。……。……まずは、あいつをまるごと『漬け置き』にして、その結合をバラバラにする必要があるんだ」
リトの合図と共に、ルクレツィアとアルテミスが動く。
「【清掃連携:次元・密封・ランドリー・バッグ】!!」
ルクレツィアの影の魔法が、天界の縁と次元の穴を丸ごと包み込む「巨大な袋」へと変化した。そこへリトの酵素液が注ぎ込まれ、這い上がろうとしていた「根源の汚物」を、そのドロドロとした海の中に沈めていく。
「……ガッ……グ、ギギギ……!? ナンダ……コレハ……。オレサマノ……ヨゴレガ……溶ケル……!? ヤメロ……! ヨゴレハ……オレサマノ……鎧ダ……!!」
「鎧じゃないよ。それは君を苦しめてる『垢』なんだよ。……。……さあ、じっくり三十分……いや、数万年分の汚れだ。……三日間、しっかり『概念・浸透』させてもらうからね」
リトは腕を組み、冷徹なまでの掃除屋の眼差しで、酵素の海に沈むラスボスを見つめ続けた。
世界を揺るがす最終決戦は、まさかの「漬け置き待ち」という、リトらしい異例の展開へと突入した。
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