第74話:魔王の「整い」。――「世界を滅ぼすとか、どうでもよくなったわ」。
一時間後。
大浴場の脱衣所から、湯気を立てながら現れたのは、もはや「魔王」とは呼べないほどに輝く一人の青年であった。
髪はサラサラの銀髪になり、肌は陶器のように滑らか。そして何より、あのドロドロとした暗い眼光は消え失せ、サウナ上がりのような「虚無に近い多幸感」に満ちた瞳をしていた。
「……。……。……あ。……あぁ……」
「魔王様、大丈夫ですか? ……はい、これ。リト様特製の『キンキンに冷えた魔界イチゴ牛乳』ですわ。腰に手を当てて飲むのが、この旅館の流儀です」
アルテミスが差し出した瓶を、魔王は無意識に受け取った。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……、プハーッ!!
「……。……美味い。……なんだ、この……身体が軽い感覚は。……重力が……三分の一くらいになったみたいだ」
「それが『清潔』という魔法だよ、魔王様。君が今まで抱えていた『世界への怒り』は、ただの『慢性的な肌荒れによるイライラ』と、『不衛生な環境によるセロトニン不足』だったんだ」
リトがタオルで手を拭きながら、優しく諭す。
魔王は自分の白く、瑞々しい掌を見つめた。かつてはこの手で大地を砕き、命を奪うことしか考えていなかった。しかし、今の彼は、この綺麗な手で「不潔なものに触れたくない」とすら思っていた。
「……リトよ。……私は、間違っていたようだ。……世界を滅ぼして、自分と同じ『ドロドロの闇』に染めようとしていたが……。……こんなに気持ちいいもの(入浴)があるなら、滅ぼすのはもったいないな」
「分かってくれた? ……じゃあ、この城(旅館)、これからどうする?」
魔王は少し考え、そして爽やかな笑顔――全人類がひれ伏すような「イケメン・スマイル」で答えた。
「……今日から私は、この旅館の『オーナー(名誉相談役)』になろう。……そして、世界中の不潔な者たちを、無理やりここに連れてきて洗ってやる。……破壊による支配ではなく、……『清潔による教化』。それが私の新たな野望だ!」
魔王が「掃除の伝道師」へとジョブチェンジした瞬間、魔王軍は正式に解体され、『世界清掃公社:魔王城本店』が設立された。
しかし、世界が平和になるかと思いきや、リトの「清掃眼」は、魔王の背後の壁――次元の隙間から漏れ出す「ある不純物」を見逃さなかった。
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