第73話:魔王、泡に沈む。――世界を滅ぼす魔力より、リトの「洗顔フォーム」。
「離せ! 離せと言っている! 私は魔王だぞ! この不浄なる肉体こそが、畏怖の象徴なのだ!」
魔王の叫びが、旅館と化した城の回廊に虚しく響き渡る。かつては大陸中を震え上がらせたその咆哮も、今はリト、アルテミス、ルクレツィア、そして白銀の用心棒となったアイアンの四人にガッチリと四肢を固められ、大浴場へと運ばれる「駄々っ子」の悲鳴にしか聞こえなかった。
「魔王様、往往生際が悪いですよ。見てください、その首筋。……垢で『魔紋』の形が変わっちゃってるじゃないですか。これじゃあ、せっかくの破壊魔法も出力が落ちるはずだよ」
リトは冷徹なまでの「掃除屋の目」で魔王の全身をスキャンしていた。
魔王の体から溢れ出す漆黒のオーラ。それは一見すると強大な魔力に見えるが、リトに言わせれば「ただの老廃物と未洗浄の脂が混ざり合って発酵したガス」に過ぎない。
「リト様、準備は整いましたわ! 私が特注で用意した、魔導研磨剤入りの『ゴシゴシ・ミトン』です! これで魔王様の頑固な角質を、根こそぎ削ぎ落として差し上げます!」
「ルクレツィア、貴様……! 四天王の分際で、この私を磨こうというのか!」
「あら、魔王様。今の私はリト様の『洗濯・入浴補助係』ですもの。汚いものは、主君であっても許せませんわ」
大浴場の重厚な扉が開かれる。そこには、リトが第70話で完成させた、源泉かけ流しの「聖なる乳石鹸の湯」がなみなみと湛えられていた。
「よし。……まずは『プレ洗浄』からだ。……クラちゃん、高圧シャワー用意!」
「おうよ、リト様! 魔王の鎧代わりの汚れ、全部ひっぺがしてやるぜ!」
クラーケンの触手が、ベヒモスから引いた聖水を音速の噴流へと変えて放つ。
ドドドドドドドッ!!
「ぎ、ギャアアアアッ!? 痛い! だが……なんだ、この『毛穴が開く』ような感覚は……!? 体の内側から、何かが……不純物が押し出されていくぅぅぅっ!!」
魔王の体から、ドス黒いヘドロのような汗が噴き出す。それは彼が千年間溜め込んできた「世界の憎しみ」という名の、ただの『重金属汚れ』であった。
「仕上げは、僕が泡立てた『濃密・ナノバブル洗顔フォーム』だよ。……魔王様、目を閉じて。……魂までホワイトニングしてあげるから」
リトの手の中で、真っ白でモチモチとした、弾力のある泡が膨らんでいく。それを魔王の顔面に押し当てた瞬間、世界を滅ぼす「絶望」は、爽やかなシトラスの香りに包まれて消滅した。
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