第53話:滑りすぎ注意! 王宮を「氷上のスケート場」に変えたリトのワックス。
地下の「ぬめり地獄」を完璧にピーリング洗浄し、邪悪な魔物すらも純真な精霊へと変えてしまったリト。彼の掃除は、もはや単なる現状復帰に留まらず、対象物の「本来あるべき美しさ」を限界突破させる領域に達していた。
「よし、地下の湿気対策も終わったし、次は王宮の床を一気に仕上げるよ」
リトが取り出したのは、魔導窯で精製された『原初の真珠粉』と、海底火山から採取した『高純度シリコン』を配合した特製ワックス、――名付けて『エターナル・ミラー・フィニッシュ』。これを塗布すれば、どんな石材も永遠に輝きを失わず、埃一つ寄せ付けない聖域と化す。
「アルテミスさん、クラちゃん。……ちょっと広いから、手伝ってもらえるかな。僕は噴霧担当、二人は後ろから『バフがけ(磨き込み)』をお願い」
「お任せください、リト様! 私の聖剣の鞘に、最高級のネル布を巻き付けました。リト様のワックスを、分子レベルで床に叩き込んで差し上げますわ!」
掃除開始。リトが魔法でワックスを霧状にして散布し、その後をアルテミスが目にも止まらぬ速さのステップで磨き上げ、さらにクラちゃんの触手が「超高速回転ブラシ」となって仕上げの艶出しを行っていく。
その作業はもはや芸術だった。どす黒く曇っていた人魚王宮の床が、リトたちが通り過ぎるたびに、まるで深淵を覗き込むような透明感を持つ「鏡面」へと変貌していく。
しかし、数時間後。作業を終えたリトが腰を伸ばした時、王宮の住人たちを襲ったのは、文字通り「足がつかない」という未曾有の危機だった。
「……あ。リト殿、助けて――ッ!?」
王宮の大臣が、会議室から出てきた瞬間に絶叫した。彼の足が床に触れた瞬間、摩擦係数がほぼゼロになった世界で、制御不能の滑走が始まったのだ。
ズザザザザザーーーッ!!
大臣はまるで氷上のプロスケーターのような姿勢で、廊下の端から端まで一瞬で滑り去り、そのまま向かいの壁に激突……するかと思いきや、リトが壁にまでワックスを塗っていたため、壁を垂直に駆け上がり、天井を一周して元の位置に戻ってきた。
「……リト様。これ、綺麗すぎます。……一歩踏み出すだけで、自分の意志とは無関係に隣の部屋まで運ばれてしまいますわ」
エルナも、優雅に(本人の意志に反して)スピンをしながらリトの元へと滑り込んできた。
「見てください、リト様! 床に映る自分の顔が、本物の自分より美人に見えます! ……でも、リト様の元へ行こうとしても、足が空回りして近づけません……!」
現在の王宮は、汚れが一切つかない代わりに、あらゆる摩擦を拒絶する「絶対滑走空間」と化していた。
「……うーん、ちょっと『防汚性能』を盛りすぎたかな。……でも、これなら掃除の手間が省けるでしょ? 汚そうとする力すらも、滑ってどっかに行っちゃうんだから」
「リト様、ポジティブすぎます! ……あ、王様が! 王様が食堂からお手洗いまで、音速に近いスピードで滑っていかれました!」
人魚の王が、王冠を飛ばしながら「止まらぬぅぅぅ!」と叫びつつ、高速移動していく。
リトはそれを見ながら、「移動時間が短縮されて、仕事の効率が上がるね」と満足げに頷くのであった。




