第52話:油汚れの守護者。リト、禁断の「ピーリング洗浄」で魂まで剥く。
『グリース・アバター』。その体は、触れるものすべてを腐食させ、ベタベタの油膜で覆い尽くす、掃除屋にとって最悪の天敵だ。
魔物が腕を振り上げると、周囲にどす黒い「廃油の弾丸」が撒き散らされた。
「リト様、危ないっ!」
アルテミスが聖剣を抜こうとするが、リトは動かない。
「いいよ、アルテミスさん。……その剣を汚したら、後で磨くのが大変だ。……ここは、僕の『新調したエプロン』の性能を信じて」
リトが着ているのは、先ほど開発した「超撥水・防汚ラミネート加工」済みの特製エプロンだ。
降り注ぐ廃油の弾丸。しかし、それらはリトの体に触れた瞬間、磁石の同極同士が反発するように、一滴も残らず弾け飛んでいった。
「……な、何だと!? 我が『万物を汚す脂』が、一滴も付着しないだと……!?」
魔物が驚愕に声を震わせる。
「君の脂は、酸化して粘り気が強すぎるんだ。……だから、こういう『滑りの良い素材』には弱いんだよ。……さあ、次は僕の番だ。……君のその、厚化粧すぎる『汚れの鎧』を、全部ピーリングしてあげる」
リトは、先ほどのスクラブ洗剤をさらに高濃度に凝縮し、今度はベヒモスの主砲に装填した。
「クラちゃん、固定して! ……【清掃奥義:深層・皮脂分解】!!」
ドォォォォォォン!! という重低音と共に、純白の洗浄光線が魔物を直撃した。
それは単なる破壊光線ではない。魔物の体を構成する「酸化した油分」だけを狙い撃ちし、それを石鹸の成分へと強制的に変換(鹸化)させる、掃除の究極魔法だ。
「ギャァァァァァァッ!? 溶ける! 脂ぎっていた私の自尊心が、真っ白な泡に変わっていくぅぅぅっ!!」
巨大な魔物の体が、見る間にシュワシュワと発泡し、純白の泡の塊へと変わっていく。
リトはさらに追い打ちをかけるように、ネフィリムに指示を出した。
「ネフィリムさん、影の力で、その泡を『一気に回収』して! 汚れを一箇所にまとめないと、二次汚染が起きちゃう!」
「……了解。……掃除のあとのゴミ回収までが、掃除屋の仕事、よね」
ネフィリムの影が巨大な掃除機のように広がり、魔物だった泡を一滴残らず吸い取っていく。
数分後。
あとに残されたのは、ヘドロの臭い一つしない、清々しいほどに磨き上げられた地下空間だった。
そして、魔物の中心核だった場所には、一人の小さな、透き通った精霊がポツンと浮かんでいた。
「……あ。……私、こんなに……綺麗だったの?」
精霊は自分の体を見つめ、ポロポロと涙を流した。その涙すらも、今はクリスタルのように澄んでいる。
「そうだよ。……汚れのせいで、自分が誰か分からなくなってただけなんだ。……もう大丈夫。これからは、この排水口を『浄化の泉』として守ってくれるかな?」
「はい……! リト様、私……この綺麗さを、一生守ります!」
魔海最大の「不浄」が、リトの手によって「パワースポット」へと変えられた。
アルテミスは、壁に張り付いていた自分の下着を回収し、リトの魔法で元通り……どころか、以前より白く輝いているのを見て、うっとりと頬を染めた。
「……リト様。……私の心も、今、あの魔物と同じように『ピーリング』された気分です。……リト様に、隅々まで磨いていただいたような……そんな充足感が……」
「……アルテミスさん、目が怖いよ。……さて、これで地下の掃除は終わり。……でも、まだ一番大事な『仕上げ』が残ってるんだ」
リトは、王宮の中央にある巨大な「鏡の広場」を見上げた。
そこには、世界の海を統べるための『真実の鏡』があるという。しかし、その鏡は今、あまりの汚れで「何も映さない」状態になっていた。




