第51話:魔海王宮の「ぬめり」地獄と、スクラブ洗剤の奇跡。
アルテミスの「飛翔する下着」を追って到達したのは、人魚の王宮『アクア・パレス』のさらに深部、一般の人魚すら立ち入りを禁じられた『古の排水大穴』だった。
そこは、世界中の海流が最後にたどり着く終着点であり、同時に、数千年にわたって蓄積された「魔力の垢」と「人魚たちが排出した油脂」が凝固し、巨大なヘドロの層を形成していた。
「……くっ、臭い。……リト様、これは流石に……。私の聖なる加護をもってしても、この鼻を突く『古くなった油の臭い』は防ぎきれません」
エルナがハンカチで鼻を押さえ、顔を青くする。
目の前に広がるのは、もはや水ではない。ドロリとした紫色の半液体が、生き物のように脈動し、壁や床を「ぬめり」で覆い尽くしている。アルテミスの下着も、そのぬめりの壁にペタリと張り付き、無残にも黒ずみ始めていた。
「……なるほど。これが人魚の国が長年隠してきた『負の遺産』か。……セリナさん、これ、放置しすぎだよ」
リトの指摘に、案内役のセリナが申し訳なさそうに肩をすくめる。
「……ごめんなさい、リト様。……歴代の王たちは、この汚れを『見なかったこと』にして、魔法で封印し続けてきたんです。……でも、リト様が海を綺麗にしすぎたおかげで、封印の魔力よりも『内側の圧力』が勝って、溢れ出しちゃったみたいで……」
「汚れは、隠せば隠すほど根が深くなるんだよ。……でも大丈夫。……こういう『頑固な油性汚れ』には、力任せじゃなくて『物理的な摩擦』と『分解』の合わせ技が一番だ」
リトは、ベヒモスの倉庫から、山のような「貝殻」を取り出した。それは、道中の掃除で回収した不要な二枚貝や真珠の欠片だ。リトはそれを魔導窯に入れ、一瞬で「ミクロン単位の鋭利な粒子」へと粉砕する。
「アルテミスさん、クラちゃん。……今からこれを、あのぬめりの壁に一気に叩きつける。……名付けて、新兵器『パール・スクラブ・ショット』だ!」
リトが特製の高圧ノズルを構える。
トリガーを引いた瞬間、白い真珠の粉末が、水の勢いに乗ってぬめりの壁へと射出された。
シュバババババババッ!!
粒子一つ一つが、リトの超音波振動を帯び、ぬめりの分子結合を切り裂いていく。まるで、泥だらけの車が最新の洗車機に通されたかのように、紫色のヘドロが、ボロボロと剥がれ落ちていく。
「な……ッ!? 魔法でも斬れなかったあの不浄が、ただの『粉』に負けるなんて……!」
アルテミスが驚愕の声を上げる。
「ただの粉じゃないよ。……真珠の成分が油分を吸着して、スクラブの摩擦で汚れを根っこから掻き出してるんだ。……ほら、壁の奥から『本来の輝き』が見えてきた」
削り取られたぬめりの下から現れたのは、古代の王たちが築いた、白亜の美しい彫刻群だった。しかし、汚れが剥がれたことで、そこに潜んでいた「汚れの守護者」が目を覚ます。
ぬめりの塊が一つに集まり、巨大な人型を形成した。それは、数千年の油汚れが意思を持った魔物――『グリース・アバター』。
「……ヌメル……。……我を……削る……不届き者……。……すべてを……ギトギトにしてやる……」
「ギトギトなのは、君の性格だけで十分だよ。……さあ、仕上げの『弱アルカリ性・全身洗浄』の時間だ」
リトは、バケツにたっぷり溜まった「特製洗剤溶液」を掲げ、不敵に微笑んだ。




