第50話:クラーケン洗濯機、ついに「全自動乾燥機能」を搭載する。
魔海浄化もいよいよ最終盤。古代魔導戦艦『ベヒモス』の甲板は、今や巨大な「家電開発工房」と化していた。リトの周囲には、人魚の国で回収された古代の魔導部品や、海底火山の熱を封じ込めた魔石が所狭しと並んでいる。
「よし、クラちゃん。……ちょっと熱いかもしれないけど、我慢してね」
リトがそう声をかけた相手は、全長数百メートルに及ぶ伝説の魔獣クラーケン――クラちゃんだ。かつては航海士たちに恐れられた海の覇者も、今ではリトの「清掃への情熱」に心酔し、巨大な触手をリトの前に差し出している。
「へっ、リト様の頼みなら火の中水の中だぜ。……で、このキラキラした石は何だい?」
「これは『陽炎の魔導核』。海底火山の熱を、爆発させずに『一定温度の熱風』に変えるための制御装置だよ。これをクラちゃんの第五触手から第八触手、それぞれの吸盤の裏に埋め込むんだ」
リトの手が、精密な外科手術のように速く動く。巨大な触手に、次々と「セラミック・ヒーター」の機能を備えた魔導パーツが装着されていく。リトの指先から漏れる青い魔力が、クラちゃんの神経系と魔導パーツをリンクさせ、巨大な触手がじんわりとオレンジ色の光を帯び始めた。
「……おおっ!? なんだか、足の裏がポカポカして気持ちいいぜ! ……まるでお天道様を足の裏で握ってるみたいだ!」
「いい感じだね。……じゃあ、テスト稼働してみよう。……『全自動・超広域・海洋洗濯システム』、起動!」
リトがベヒモスの制御盤を叩くと、クラちゃんの八本の触手が、物理法則を無視した幾何学的な動きを開始した。
第一から第四の触手が、海水を超高速で回転させて「洗濯槽」を作り出し、そこへリトが調合した『酸素系・魔力分解洗剤』を投入する。そして、新機能を搭載した第五から第八の触手が、その回転の中心に向けて、完璧に温度管理された「神聖熱風」を送り込んだ。
シュゥゥゥゥゥゥゥッ!!
海中であるにもかかわらず、クラちゃんの周囲には巨大な「空気の泡」のドームが形成された。その中では、高熱の蒸気と聖なる風が渦巻き、どんな濡れたものでも一瞬で乾燥させ、フカフカにする『海底コインランドリー』が完成したのだ。
「リト様、すごいです! ……見てください、私が脱水に出した『聖女の法衣』が……! 太陽の下で三日間干したときよりも、太陽の匂いがします!」
エルナが、クラちゃんの触手から吐き出された法衣を抱きしめ、うっとりと目を細める。
しかし、その横でアルテミスが、顔を真っ赤にして叫んだ。
「リ、リト様ぁっ! 大変です! ……クラちゃんの出力が強すぎて、私の予備の『戦闘アンダーウェア』が、乾燥の風に乗って……海流の彼方へ飛んでいってしまいました!」
「えっ、飛んでいった? ……あ、本当だ。……あの白い影、時速二百キロくらいで北の方に向かってるね」
リトが指差す先、アルテミスの純白の下着が、リトの洗浄魔法によって「概念的な軽さ」を得た結果、もはや重力すら無視して深海を駆け抜けていた。
「……いけない、あれを追いかけないと。……あの下着、僕の『最高級・柔軟剤』で仕上げてあるから、もし魔物が食べたりしたら、魔物までフカフカに浄化されちゃうよ」
「……リト様、そこ!? ……いえ、いいのです。私の羞恥心よりも、リト様の作った柔軟剤の品質を守ることの方が大事です! ……追いかけましょう、世界の果てまで!」
アルテミスが鼻息荒く剣を抜き、ベヒモスは「飛んでいった下着」を追跡するために最大戦速を発揮する。
だが、その追跡の先に待っていたのは、魔海の最下層に溜まった「数億年分のぬめり」が作り出した、巨大な『拒絶の壁』であった。




